アパシーズ・ラスト・ナイト



クリスマス・イヴの日は、雪だった。
戦いにくれる少年たちは、立ち寄った小さな街の小さなホテルで買い漁った菓子や飲み物を広げ、小さくパーティを開いて夜を過ごした。

リノアは清々しく頭が覚醒するように、目を覚ました。深い眠りだったのか、二時間ほど夢の世界へと飛んでいたらしい。周りを見ると、地面にのさばる様に少年たちも眠っていた。
(ああ、外の空気を吸いに行こう。)

リノアはすぐ傍で鼾をかいているゼルをうっかり蹴り飛ばさないように、注意しながら立ち上がった。古い床は軋み、今にも抜けそうだった。そっと歩き部屋を抜け出す。
透き通るように薄暗い視界には白とも銀色ともとれる雪花がちらちらと舞い、髪や鼻先へ引っかかり、冷たさは水へと変わった。明日は積もるだろうか。ホワイトクリスマスなら、なんとも心をくすぐられる。あまり外へいても風邪を引いてしまうだけだ。早く戻ろう。そう思い深呼吸をしたが、冷たい空気は満たされることはなく、深く吸い込まれる事を拒んだ。

目先に、きらりと光る何かを見つけた。何かといっても、電柱のぼやけたと表現するにふさわしい明かりが、全体を包み込むように照らしていた。黒猫の死体だった。首輪をした猫はかさかさに乾いて、痛々しいほど静かに横たわっていた。頬が歪み、こめかみの辺りが痺れる不快感が走り、リノアは目を背けた。足は動き猫の元へと寄っていく。足元まで来た。見下ろすと、自分の影で暗く染まった。猫の足は酷く焼けていた。その瞬間に肩を叩かれた。それはとても優しい物だったが、麻痺した脳は衝撃を強く受け取り、ざり、と地面を鳴らしてリノアは振り返る。

「お前は、何をして」
「スコール」
「起きたら、お前だけいなくて」
「ごめんね、少し外の空気を吸いたかったんだ」
「こんな時間に、お前、誰かに」
「ふふ、そこまでやわじゃないよーだ」

寒さと焦りは共有できないのか、呼吸が整わないスコールの言葉は途切れる。ほぼお前としか言っていない気もするが、大方何が言いたいのかは分かっていた。が、あまりに心配性が過ぎる、しかし当然ながらそれが彼の性格であり、悪い気はしないよとリノアは微笑んだ。しかしスコールの不安げな瞳は戻る事はなく、先程のパーティのときとは打って変わって元気のない、リノアの物悲しい視線の先を見た。リノアは段々と白に染まる地面にしゃがんだ。滑って尻もちをつかないように気を付けて。

「いちいち、猫の死体で落ち込んでいて」
「うん」
「戦っていけるほど人は強くない」
「うん」
「生きるものはいつか死ぬ」
「うん」
「最後が、痛み、苦しみだっただけの話だ」
「分かってるよ」

スコールの声は淡々としていて、それに相槌を返す彼女の声もまた淡々とし、それでいて力強かった。力んでいるように聞こえるのは、悲しみを堪えているからか、涙を流しては横の少年に馬鹿にされるからか、違う。リノアは分かっていた。スコールの言葉は建前だと。そう言わなければ耐えられないからだ。死を受け入れるのは、何であろうと難しい。散々モンスターを斬って撃って切り刻んで、ああ、ガルバディア兵の血は何よりも赤かった事を忘れる事は出来ない。

「罪のない生き物が殺されたら、辛いでしょ」
「…」
返す言葉を模索しているようだった。表情を伺わなくても分かる。

「もう遅いかもしれないね、ごめんね」

小さな声で謝罪をして、干からびた猫の頭に触れた。緑色の優しい光がゆっくりと広がっていく。擦れて焼けた傷跡は少しずつ消えていった。閉じられた瞳は動く事はない。悲しみを塞き止めている誰かがいるみたいだ。

「私、いつも余計な事しちゃうの」
「知っている」
「馬鹿なやつだって、思う?」
「ああ、思わない」

返事が一致していなくて、リノアは首をかしげた。しゃがんだ状態から上を見上げると、スコールの視線は直進していて、壁にぶつかっていた。考えがまとまらないのか、表情がおかしくて、笑ってしまった。それと同時に、全てを留めていた感情の仕切りが壊れてしまったかのように、目から涙が零れ落ちた。

「別の場所に埋めなければ、飼い主たちが見つけて激昂するかもしれない。」
それが被害妄想なのかどうなのかは分からなかったが、二人は夜道を歩いて、雪に埋もれる地面へと猫を埋めた。

R.I.Pの代わりに、メリークリスマスを。生まれ変わったら、暖かい暖炉の前で丸くなれるよう。リノアは目を伏せた。


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