クイーン死ネタ
夕べからきみが見当たらないのさ



――決してとても良いと言える点数ではないが、よく頑張ったな。
クラサメに褒められることなど、ナインにとって世界がひっくり返るくらい、有り得ない事だったので、気味の悪さを感じながら、そろそろと丸まった紙を恐る恐る開く。
「うお、うおお、な、70点!」
右上に書かれた数字を見た途端、ナインは吹っ飛びそうな勢いで、声を荒げた。続き一気に教室がどよめく。
クラサメが彼を褒めることが奇跡に近いように、0組にとってナインがテストでそんな点数を出すことは世界が破裂するぐらい有り得ない事だった。
あちらの方では"頭でも打ったのでは"と不安を隠しきれない声、こちらの方では"ナ、ナインに負けるなんて"とショックを受ける声。
彼がいるから自分はクラスで最下位にならずに済んでいたのに…、とでも言いたげだ。
ナインはざわざわと顔を青くするクラスに向かって、うるせぇぞ、コラァ、俺だってやるときはやるんだよ。そう鼻高々に叫んで見せた。

授業が終わり、自由な時間になった。ナインはサロンのソファに寝そべり、先ほど受け取った紙切れをぼんやりと見つめた。
教室では自慢げに言ってみせたが、実際のところは、受け取ったときから一線を引いたような違和感を感じていた。
普段に比べて遥かに、比べ物にならないほどに良い点数を取ったというのに、嬉しくない、といえば嘘になるが、自分が思った以上に喜びを感じられていないという事に気付いた。
ぽっかりと穴が開いているようで、なんだか気力がそこから抜け落ちているようだ。
「いい点取ったところで、こんなん、ただの丸が多い紙切れじゃねえか」自分で言ったはずなのに、聞こえてきたものは自分の声じゃなかった。
視界を遮る紙切れをどけると、エースが立っている。やはりといった様子でふ、ふ、と苦笑するのは、考えた通りの言葉がナインの口からそのまま出てきたからだろう。

よお、なんでお前俺の言いたいことが分かるんだよ、いつかにそんな事を聞いたら、ナインは単純だから言いそうなことなんて簡単にわかるさ。
そう返した少年の言葉は、随分と舐めたものだが、如何せんナインは単純だったので、スゲェな、お前。と素直に彼に敬意を払うのだ。
馬鹿にされているのですよ、ナイン。呆れた声でそう続けたのは、誰だっけ。

「ナイン、あまり嬉しそうじゃないな」
「アァ?」
「テストだよ、あの点数どうしたんだ?万年0点が当たり前だったじゃないか」
「俺だってやるときゃやるんだよ」

へえ、それは凄いな。素直に褒めているつもりだが、彼の曇った表情は晴れることはない。
ナインがソファを独占しているため、エースは隣の椅子に腰かけた。

「だけど、お前ひとりで勉強して、そんな点数取れるわけじゃないだろう?」誰かに教えてもらったんだよ。含むような言い方で、遠回しに何か伝えたげな顔で、エースは笑った。
腕に抱えていたノートをナインへと向ける。このノート、0組の机に入っていたんだ。「ク、イーン?」綺麗な字で表紙の端に書かれていたそれを、ナインは読んだ。
名前か?と聞くと、そのようだな。と頷いた。恐らく持っていたやつの名前だろう、とエースは呟きながら、ぱらぱらとページを捲っていく。

「随分と頭の良いやつだったみたいだ。授業で教わった全部が分かりやすくまとめてある。これはきっと相当頭の良いやつじゃないと、無理だよ。だってあらゆる所に、ポイントが書いてあるんだ。しかもただのそれじゃなくて、ナインの為の、って書いてある。意地でも覚えさせてやるっていう意気込みが字だけで分かるよ。几帳面で、おせっかいなやつだったのかな、お前に教えるための、専用のノートだったのかな」
「覚えてねえよ」
「僕だって知らないさ。0組だったのにいないのなら、マザーの元へ帰ってこられなかったのかな、タグも見つかってないらしいし、どこかの渓谷に足を滑らせたとか」
「覚えてねえやつの死に方なんて知らねえよ」
「…そうだな」

エースの言葉が続くたび、苛立ちは増していった。今俺は胸糞の悪さでいっぱいいっぱいなんだという事を教えるつもりで、そう吐き捨てる。ハァ、とため息をついて項垂れるエースを見て、コイツいつもよりよく喋るなぁ、しつこさすら感じる彼の様子に、ナインはそんな事を思っていた。
ごめん、どうしても気になって、せっかくお前に向けてのノートなんだ、読んでみたらどうだ?持っていたそれをナインに渡して、エースはじゃあなと残し、教室に帰って行った。

他に誰もいなくなったサロンは、がらんとして、窓が開いているわけでもないのに、どこか寒々しかった。受け取ったノートのページを一枚、また一枚と捲るほど、怒りや悲しみといった感情が象られていく。
――なんなんだよ、お前。誰なんだよ。分かんねえよ。
持っていた紙切れは握れてぐしゃぐしゃにひしゃげていた。破って引き裂いてなくしてしまいたかったのに、出来ない。知らねえままでいさせろよ、こんなもん残してんじゃねえよ。一人そう叫んだ。
――お前、俺に教えるつもりだったのか?ならこの点数すげぇだろ?教えた甲斐があったってもんだろ、なぁ?


「ナインは馬鹿ですから、口で説明するときには、もっともっと分かりやすくしないといけませんね。」
「クイーンは凄いな、僕は相手にした時点で、教えることを放棄するよ」
「アァ?てめーら、俺を馬鹿にすんじゃねーぞ!」
「あなたは馬鹿なのですから仕方がないでしょう、いい加減ナインの頭の悪さにクラサメ士官が胃痛を覚えているそうです。あまり困らせてはいけません。次こそ、いい点を取って頂きますからね!」
「やってやろうじゃねえか!次の任務のあとのテストでクラサメの野郎、ギャフンと言わせてやらぁ!」


記憶は一片も残さず消えて行った。生きていた存在を示す物があろうと、もう元々いなかった人だ。思い出すための記憶すら、ない。


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