ほんとうの言葉なんて一つもなかった



「俺はなあ、いっつも思うよ、お前の相手がアイツで良かったって。ホントにさ。」

口ぶりがタチの悪い酔っぱらいのようだと思った。そして腹の底から余計な御世話だと、告げる事はなかった。その代わり「またこいつは、鬱陶しい。」顔付きが変わるほどに、眉間に皺を寄せた視線を気にする事もなく、目一杯逆立てた髪が印象的な少年は、手のひらを空へ向け、やれやれと肩を落とした。お前という言葉が指す相手は、恐らくリノアの事だろう。俺の言葉に心がないと腹を立て、頬を膨らませ口がひん曲がり、わざわざベッドにあった枕を思い切り投げ付け、そのままジェット機のように部屋から飛び出していったリノアの事だろう。当然のことながら自分は喧嘩を売っているつもりなどない。向こうが勝手に俺に対して怒りを覚えているだけの話だ。それを何故、しかもこのタイミングで、さもリノアでなければ。そのような言い方をされなければいけないのか、俺はそっちの方が腹立たしかった。

「なんでって思うか?」
「…余計なお世話だ。と思っている」
「ったく、捻くれやがってよお…まあ聞けよ、リノアはさ、言ってしまえば、単純じゃねーか」
「お前にだけは言われたくないだろうな」
「うるせーよっ」

お前は喧嘩しても結局優先しちゃうのはリノアリノアなんだなあ。とケラケラ笑ってやがる目の前のコイツを誰か追い出してはくれないか。睨みをきかせたら、反れた話題を戻そうと慌てて喋り出した。しかし説明が下手くそなやつだった。組んだ腕の右人差し指がかつかつと苛立ちを数え始める。精神的に我慢はすることは慣れているつもりだったが、コイツに限っては別だったらしい。長々と語った内容を要約すると「リノアは単純だ。お前は相当面倒くさい。だからお前たちはぴったりなんだ」という事を言いたかったらしい。俺もリノアも完全に馬鹿にされているとしか思えず、口は脳より先に動いていた。「帰れ!」勢い良く告げた。

「おっおい!どうせお前ネガティブに捉えたんだろ!聞けって!俺とお前の考え方は違うんだよ!」
「そんな事はとっくの昔から知っている。お前と一緒にするな!そしてお前のくだらん自論はもう十分だ!」
「酷ぇ!」

振り下ろした指先は扉を向く。追い出そうと手を伸ばしたら、自分の意志とは別に扉が開いた。自動のそれはヒュンッという風を切る音を立て、思わず視線を奪われる。その向こう側へ立っていたのは、先程出て行ったはずのリノアだった。謝りに来たのか?などと考えたが、そうにしては表情がやけに明るい。俺はどんな顔をすればいいのか分からなかった。

「スコール!」
「な、なんだ…」
「あのね!さっきこれもらったの!一緒に食べよう!」
「は……」
「アッお前それ焼きそばパンじゃねーか!さっき俺買いに行ったけどとっくに無かったぞ!?」
「食堂で落ち込んでたらおばさんが近寄ってきて、食べなさい!って!余ってたのかなあ」
「俺にもくれよ!」
「やーだっ!ゼルは自分で買えばいいよ!そっちのが似合ってるよ!」
「似合ってるってなんだよちくしょう!」

テンションについていけず、思考は進む事を停止していた。考えても無駄だと悟ったからだ。「お前は焼きそばパン一つで悩みも吹っ飛ぶのか。」こういう言葉がいけないのか、馬鹿にするように聞こえるのか。実際俺もそのつもりで言っているのだろうが。まあ何にせよ気付いた時には遅いというか、勝手に飛び出していた。

「だって中々手に入らないんだよ?」
「…ああ」
「ほら、半分!」
「腹は減っていないんだが」
「いいの!」

いびつに半分に割れたパンを無理やり手に持たされ、そして「じゃあね!」そう言い残しさっさとまた出ていった。あまりの勢いに、部屋に沈黙が走った。いつも静かな部屋だが、それより静かだと思った。しかし逆再生するかのようにまた開く扉に思わず驚く。「言い忘れた。さっきはごめんね!」まさしくついでだ。焼きそばパンよりそちらの方が重要ではないのか。決して謝ってほしい等というつもりはないが…。

「…な?」
「なんだ」
「ああいうところだよ」
「意味が分からないな」
「お前いつまでも意地張ってムスッてし続けるだろ!リノアくらい単純なやつじゃないと釣り合わねえって!…単純って良い意味でだぜ!?よく考えても見ろ、お前の女バージョンがいたとしてさ」
「気色の悪いものを想像させるな」
「そこ突っ込むな!お前みたいな女と付き合いたくねえだろ〜?そうだろ?嫌だろ?」
「…馬鹿にしているのか」

言葉を誤魔化すのは実に簡単だと思う。特にコイツを相手にすると。手の甲を額に押し当てた。表情を見られるのは嫌だった。少なからず、というか、多からず。怒りはすぐに忘れてしまえばいい物で、ああ、こんな俺を許してくれるリノアでよかった。そう思わずにはいられなく、何故こいつにそんな事を気付かされなければいけないのかと、煩わしい感情が吐き出す空気に満ちていた。



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