リミットラインオーバー



「大人になるって、どういう事?」

その問いかけが、無意識なのか確信犯的なのか、僕には分からなかった。
頭を貫かれた弾丸のような言葉に、目眩がしばらく治まらず、はっきりしない視線の先のセフィの表情を見るのにはやたら時間がかかった。
ベッドの上で裸足を広げてぼんやりと雑誌を読んでいる。セフィはいつも目の先にある物をなんとなく手にとっては、よく分からないと放り投げているのだ。

「それを僕に聞いても、満足する回答は出来ないかな」
「アービン知らないの?」
「どうだろうね」

言葉は微かに蔑みを孕んでいるようにも感じた。
いつものことだから慣れっこだが、セフィは僕にだけやたらと冷たいのだ。
わざと突き刺さるような刺をおまけして話しているようにも感じられる。僕は何か悪いことしたのだろうか。
…そんな風にすっとぼけるのは楽だけれど、嫌でも思いつくのは自惚れだった。
実際彼女は頭の中ではなかなかにキツイ事を考えているようなので、それが知らぬうちに表に出てしまっているだけなのかもしれない、つまり気を許している。
そんな風に考えれば、気楽で幸せな事はない。以前そんな考えをスコールに話してみたら、気色が悪いの一言で華麗に蹴倒された。

「十七歳って大人?」
「どうだろうね」
「うわあ、全然答えない」
「何もかもが中途半端だからね、人それぞれだと思うよ」
「ふうん、まあ、結局そうなるかあ」

完全な誤魔化しである僕の答えにセフィは見事なまでに満足しなかったようだ。
ふうん、ふうん、鼻で告げられるその納得が繰り返されるたび、目に見えないプレッシャーが圧し掛かる。
再び雑誌に目を通しはじめた。ごろりと姿勢を変えるたびシーツが皺を作る。

「いきなり何だったんだい?その質問」
「雑誌に書いてあった。アンケートで、皆はっきりばっさり答えるねえ」
「言葉は多少オブラートに包んだ方が伝わりやすい事もあるよ」
「アービンは誤魔化しただけじゃない」

その通りだ。

「じゃあ、教えてほしいのかい?」
「知らないっていったじゃん」
「どうだろうね、って言ったんだよ」

押し倒す、というか、最初から倒れていたから、覆いかぶさるというのが正しいのか。
セフィのみどり色した二つの瞳がゆっくりとこちらを見る。
言葉だけなら、いくらでも言えるのだ。妙な緊張感に充てられて冷ややかに告げるのは難しくなかった。
しかし勢いに任せこの体勢だが、ここからどうするというんだ。

「しないの?」
「…そういう事、男の前で言っちゃ駄目だ」
「ワケわかんない」

塞がりかけて、瞳がゆらりと蠢いてくれたとき、僕は酷く安心して、その体勢からそそくさに離れた。
何も知らないのかと言われたら、それこそどう返事をするべきか自分の中で話し合う必要がある為、答えるのに詰まるが、ではセフィに教えられる事はあるのかと聞かれたら、即座にはっきりノーと答える。

「僕らはまだまだ子供だよ」
「何をしても?」
「うん」
「情けないね、アービン」
「ごめん」

あたし、別に教えてほしいわけでも大人になりたいわけじゃないけどね、そう言ってセフィの頬を涙がぼろりと伝うものだから、僕はそれこそ心臓が止まる勢いで慌ててしまって、謝罪の言葉を延々と繰り返すのだ。

「そうやって、いちいち期待通りの反応をしてくれるアービン、好きだよ」
「…光栄に思うよ」

泣いたと思ったら既に笑っているし、どんな背景を持ち合わせていようと好きだと言われれば嬉しいし、子供とは不思議なものだ。
大人も大して変わらないだろうが。


sunx 花畑心中
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