白浪は笑う


朧げな浅い眠りから目覚めると、部屋は灯の差し込まない薄暗い朝だった。ベッドのそばに身を置く木枠で囲まれた窓は、結露ですりガラスのように淡く曇っていた。
指でなぞると小さな雫がたれて真っ直ぐすじを描いてみせる。そこからちいさく見える世界はしんしんと静かで、乾いた雪が少しずつ世界を包もうとしていた。

リュックは隣のベッドにて、深い眠りに愛されるように寝息を立てていたが、そのまた向こうに、ルールーの姿はなかった。
どこに行ったのだろう。きょろきょろ見回しても気配はなかったが、朝はいつも忙しそうにしているため、用事でもあったのだろうと一人納得する。
暖房の力を借りても部屋にしぶとく広がる寒さは、動く事を拒んだが、意を決してぱっと起き上がり、顔を洗い、いつも通りの服に着替えてみせた。
気の切り替えが終わると、とんとんと中に気を遣うように控えめに扉を叩く音が響く。扉越しに「ユウナ起きてるか?」と尋ねる声は、それはよく聞きなれたワッカのものだった。
返事の代わりに扉を開くと、いきなり呆れ困った顔が視界を満たし、思わず眼をぱちくりさせる。

「はい、ワッカさん」
「なあ、こんな朝っぱらからティーダの姿がねえんだよ、見てねえか?」
「ううん、私はまだ部屋からも出てないし…見てないよ」
「そうかーだよなあ…ったくこんな寒い中何やってんだか」

心配性の性が声に出ていた。
しかし案外あっさりと、考えは「まあそのうち帰ってくるか」と変わってしまったので少しおかしかったが。
"まだ出発にはまだ早いし、待っててくれ。"そう言い残して、部屋へと戻っていったワッカを見送り、再び静かになった部屋にて、自分も椅子へと腰掛ける。先程指の跡がついた窓は、部屋の温かさのせいか、再び結露で白く染まっていた。

そこに、こつこつと、小さくつつくような音がする。鳥だろうか、こんな寒い中、そんな事を考えながら、椅子からするりと立ち上がって出来るだけ音をたてないよう窓を開けてみた。
ひゅうひゅうまばらに吹く風が髪を揺らし、柔らかい雪がちらちらと頬を掠め冷たい水となった。

「あ、ユウナ!これ!凄いだろ?」
「え?な、なに?それ」
「向こうの方に生えてたんだ」

白が占める世界の中で、ゆらゆらと安定せず揺れるのは大きな葉だった。
ワッカがどこに行ったのかと心配していたことなど知りもしない顔をして、自慢げに笑う彼の手に茎は握られ、雪が舞う頭上と金色の髪をざらざらとした緑の葉が傘のように隠している。にこにこからから楽しそうに笑う彼の表情と相まって、まるでコロボックルのようなその姿に、呆気にとられつつ吹き出してしまった。

「ふふ、ふふふ…キミ、妖精みたい」
「だろ?だろ?ユウナもこいよ、あっちにいっぱい生えてるんだ!」

履物を替え彼の元へ向かうと、銀色の空で緑の葉は一層際立って見えた。
ユウナの分、と渡してくれた蕗の葉はティーダが持つものよりも更に大きく、ニメートルを容易に超えているものだ。上の方を持たないと、ふらふらしなって傘の意味がなくなってしまう、よじ登るように根元を持つと、本当にコロボックルにでもなったような気分だ。
溶けた雪が冷たい雨となって葉先からぽとり、またぽとりと落ちていく。不安定な葉はゆらりと肩を濡らしたが、それさえもおかしくて、くすくす笑った。

「あんたたち何してるの…」
「わっ、ルールー」
「へへ、妖精ごっこっス」
「子供じゃないんだから…それはともかく、あんたこれどこから持ってきたのよ」
「あ、えっと、あっちっス」
「ひょっとして畑から引っ張ってきたんじゃ…」
「…ゆ、雪に埋もれてて」
「…」

ルールーは呆れた声を連れ、濡れた地面をヒールで潰しながらやってきた。二人の傘を見て、ぎょっとまばたきを二度ほど繰り返し、額を抱えてため息をついた。
受け答えは全てティーダがしてくれたため、ユウナは静かにその会話を眺めていたが、彼の照笑いに続けられた言葉に、頭上の葉を一度よく見直す。
こんなに立派な蕗、自然に生える筈がないじゃないか。そう気付き、我に返ると込み上げる罪悪感がさっと血の気を奪う。

「か、返さなきゃ…」
「返されたって困るだけだって」
「あんたそれ泥棒よ…」
「おいしく頂けば問題なしっスよ」
「そ、そんな、それじゃあ問題しか」

妖精が雨宿りにちょっと拝借したってことにすれば、オッケーだよ。
ユウナの罪悪感は晴れることなく、彼のとても軽々しくオッケーとは言いがたいい妖精理論に華麗に押し切られ、部屋へさっさと持ち帰ってしまった。
その日の晩飯に登場した大量の蕗の料理を前に、後ろめたさが胃を満たし食欲が落ちる。

(た、たまには人のせいにしたって…いいよね)

実際この後ろめたさは彼女のせいではないのだが、目の前で眼を輝かせながら料理を頬張るティーダを見て、そう思った。
人のせい、それが目の前の彼の事を指すのか、それとも自分たちが扮した妖精を指しているのかは自分でもはっきり分からなかったが、格別の味にどきどきして、箸を動かしているうちに、どうでもよくなってしまったのだ。


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