最期の時まで、どうぞよしなに


ざらざらとした質感の安っぽい布をマントにして、フードを被り全身を覆う。動きにくくはあったが、肌に触れる寒さは幾らか防げるので、マシだった。
足場がゴツゴツとして、無情に歩みを妨げる岩場の道をなんとか歩いていたが、少し後ろを歩く少女は、俯いているので確認しづらくはあるけれど、白く染まる息は不規則に荒れているし、顔色もあからさまに良くなかったので、この崖を降りたら少し休もうと決めた所だった。

「ティナ、大丈夫かい」
「ええ」

微笑み、頷いて見せるその顔に胸を痛めるのは何度目だろうか、大丈夫と聞くのも心苦しくはあったが、自分にはそれしか出来なかった。
駆け寄り彼女の手を取る。病的なほど白い、その手のひらを見るたび、頭の中で言葉が生まれては散り、生まれては散る。
自分の言葉じゃなんと告げればいいか分からないので、"そこを降りたら休憩だ。"腐るほどある言葉達は次々と喉の奥で突っかかり、結局それしか口から逃げ出そうとはしなかったのだ。

自分が先に飛び降りて、高見に向かって手を差し出す。
しかし空気の全てがその役割は自分たちの為に有るとでも云うように、ゆっくりとティナの足を地面へと受け止めて見せるので、なんだかお前なぞ用無しだと言われている気分になって、苦い気分になった。

「ありがとう」
「うん、少し眠ろう…動きづめだ」
「…気を遣ってないかな」
「なんだい、それ?」
「私が貴方の足を引きとめていないかな」
「そんなことあるわけないよ。第一僕はティナを守るために此処にいるのだから、君の足に着いて行くべき存在だ。うっかり先を歩いてしまっている事は、…あ…それは、いつもそうなんだけど、いや、守るためには前に居るのが正しいのか?…と、とにかく、僕はティナの傍にいなくちゃ意味が無いじゃないか」
「…ごめんなさい」
「全然謝ることじゃない、僕は喜ばしいのだから」

彼女は腑に落ちないというか、人を巻き込む現状を受け止めてしまうことに恥を抱くような、全てに懺悔するような、そんな顔をして先程の自分のように詰まった言葉を捜していたが、開いたままの口は段々と閉じられ、体力的に限界が来たのか意識を失うように眠ってしまった。
まだそれなりに動ける力が残っていた自分は、自分の身長の低さを象るように小さいマントを妬ましく睨みながら、起きてしまわないようそっと彼女の膝上に掛ける。
瞬間気紛れな風が吹き抜けると寒さに鳥肌が立つので、"格好つけ過ぎだろうか。"客観的に自分を観て、呆れるように一人情けなく笑った。

感知する能力は彼女に任せた方が確実ではあったが、自分だって気配ぐらい感じ取れると見栄を張るが、運が良いのか悪いのか現れたイミテーション達は相当空気が読めるのだろう。ちょうど歩みを引き止められる事になるであろう位置にいたので、通る前に蹴散しておくことに決めた。

あと一歩だ、小さな腕を振りかざし雷を呼び起こす。轟く雷鳴が波打つと、イミテーションの身体を貫いた。
バチバチと跳ねる視界が落ち着かない、その瞬間、ぐねりとうねった相手が自分の眼前に現れ、刃が頬を強く掠めた。
たらりと血液が伝う感覚に、油断した脳への警告として皮膚に強く爪を立てる。ほとんど消えかけた相手に、容赦なくナイフを突き刺すと光を放って一片残さず消えた。

「はあ」

しぶとい奴だ、予想外に抱えた疲労がくたびれたため息として形を成す。遠くに来てしまったし、早くティナの所へ戻らなければ。
休んでいる暇はないと凝った首をぐるりと回して帰路を辿りはじめようとしたら、背後から腕を掴まれた。鋭利な痛みは軋む音すらしそうな強さで、無意識に戦闘態勢になるが、震える手の体温は覚えがある物だった。

「…ティナ、痛いよ」
「…」
「休んでいて大丈夫だったのに」
「起きたら…貴方がいないの、焦って、どんどん不安になって、震えが止まらないの」
「先に敵を倒しておこうと思ったんだ」
「ごめんなさい、お願いだから、置いていかないで」
「謝らないで、ティナ、僕が軽率だった…次は気を付けるから、ごめん」

力ない謝罪が二人の間を飛びまわる。

「私貴方がいないと、何も出来ない、私を導くその手がないと、私は先に進めないの」

先程と違い少しの圧を感じないまま握られた手は、自分の役割を教えてくれる気がした。開いた彼女の片手がそっと頬に触れ、固まりだした長い傷を消し去る。
その痛みは消えても、胸の痛みは永遠と心臓を支配する。結局自分はその程度の事しか出来ないのだ、しかしそれを彼女が必要としているのなら、考えても無駄だった。たかが物事一つ必要なだけだと言われても、それを自分しか成し得ないというのなら、意味はあった。雑念の相手をするだけ馬鹿を見るのだ。

「僕は世界の全てから君を守り切るまで死ねないんだ、だから離れないさ、安心してよ」


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