ばかのろくでなし


「俺は死ぬわけにはいかない」
そりゃ誰だってそうだろうな、とジタンは思った。
何もかもが存在しないようにも思えるこの世界でも、嵐はやってくるのか、ごうごうと音を立てて景色を揺さぶる風が吹いていた。ただでさえ、誰に聞かれていようがいまいが関係のない、独り言のように漠然とした言葉の羅列だった。そんな彼の低い声は一層聞き取りづらい。

「お前ってさ、なんでそんな孤独主義者なの」
「なんだそれは」
「協力とか、全然する気ないように見える。実力があるからこそって言われてもさ」
「したいなら、勝手にすればいい」
「俺だけしたって協力とは言わねえよ」
「じゃあ、する気がないと言えばいいのか」

突然呟かれるものだから、こちらも突然聞いてみた。話しかければ答えたが、話せば話すほどムカムカする返答だった。
切れ長の目は豪雨を予感させる厚く景色の色をセピア調に染め上げた雲を眺める。
まず人と話すときは相手の目を見ろと思ったが、たとえ彼が信頼やらそれこそ協力、そういう事に人一倍足を踏み入れるやつだったとしても、目を合わせる事だけは継続出来なさそうなやつだと第一印象で感じ取れたから、言っても無駄だった。それだけで立派な社会不適合者だ。

「お前、なんで生きたいの?」

頭の回転は良い方だと自負していたが、我ながら、すっとぼけた質問だった。俺だって生きていたいに決まっていたし。
口から出た疑問は素直そのものだったが、頬の裏側が痒くなる。

「帰りたい」
「は?」

さぞ立派な回答が返ってくると期待したが、言葉だけを見ると駄々をこね始めたのかとも思えるその返答に、思わず呆け顔が先走る。

「俺は、帰りたい」
「元の世界に」
「ああ」
「お前さ…」
「何より、それが優先的だ」

小難しい事を考え過ぎた結果、単純な所に戻ってきてしまったという風にも取れる。
誰だって願ってやまない事ではあったが、今この世界でその願いを一番にしてしまっては、戦っていて邪念に押しつぶされるだけではなかろうか、ジタンは考えた。
元の世界に戻り、駆け寄って来た身体を受け止め、少女の髪を愛しく撫でる事を考えただけで。
ここまで考えて早速頭痛がしたので、引きずり込む甘い手を必死に振り切った。あまりに毒だった。

(よくわかんねーと言いつつ…実際は自分も大して変わりはしない…ってか)

ジタンは頭を何度か掻いて、ため息をついた。ばらばらと降り始めた雨は大粒で、頬をなぞる。

「俺は死ぬわけにはいかない」
「そーかいそーかい、ならそうならないよう、せいぜい助けてやるよ」
「余計なお世話だ」
「うるせーよ人見知りくん。さっさと世界救ってお前なんかを抱き締めてくれる優しい女の子の元に帰るんだな。ま、もしお前が死んじゃったら、俺が泣いてやろうかと……思ったけどお前相手って考えるとなんか胸糞わりーだけだからやめた」
「賢明な判断だな…」

どんどん勢いを増す雨は風を纏って、不安定に形を変える。相変わらず厚い雲はどす黒く、果てが見つからない。彼の頭の中は、常にこんな雲で埋め尽くされているんだろうなあと考えると、ジタンはなんだか哀れにすら思えてくるのだ。
先程自分が顔をしかめて振り払った甘い手に、彼はぶら下がっているのだ。それだけが綱だとでも言うように、千切れそうな手を必死に掴んでいる。
辿り着く結論が同じだったとしても、その過程に期待を抱いていない時点で、考えは違っていた。入り組んだ先は、とても手の届かない場所にあった。



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