そうやって隙間を埋めてゆく 夜を過ごすため立ち寄った大きな町ではその日、年に一度の祭が開かれるという噂を耳にして、セルフィが俺を引き留めないはずがなかった。 祭やイベント事というのは苦手だった俺はそそくさにその場を後にしようとしたが、こういう事が関わると早い。 逃がさないというように俺の腕を掴んで、にんまりと怪しげに笑った。 あいにく自分は何が楽しみなのか理解が出来ないのでぐらぐらと頭が痛くなったが、そもそもこの町以外泊まれる所が見当たらないのだ。妥協するしか道はなかった。 夜になった途端、穏やかな街並みが一変して賑やかな空間となる。 音楽は大音量で垂れ流され、先が見えないほど長い道にさまざまな屋台が隙間なく並ぶ。どこに隠れていたんだと言いたくなるような人の群れがその場を埋め尽くしていた。 セルフィはそれは未だかつてないほどに目を輝かせてさっさと走っていってしまった。慌ててアーヴァインがその後を追う。 ゼルはふらりふらりと気付けばその場にいなくなっていた。迷子になって帰ってこなくても置いていく事にしようと思う。 赤から橙、また黄などにころころと色を変える大量の灯りが表情を落ち着きなく照らし、見ているだけで倒れそうな光景に鼻から長い溜息が抜ける。 顔を上げるとこちらを見ていたリノアと目がばちりと合ってしまった。居たたまれなさから抜け出すように逸らすと、あぁっと不満げな声が聞こえた。 腕を組んでこちらを眺めていたキスティスは、額を押さえ、わざとともとれるほど大きな溜息を残して部屋から去っていった。 「皆行っちゃったよ、私も行きたいなー…」 「…」 「一緒に行こうよ」 「あまり得意じゃないんだ…」 「人混み?」 それなり長い期間共に過ごしているので、言わなくても分かっているだろうし、理解した上での誘いだろう。 後悔とは些細な事で隙をついたようにやってくるものだ。 例えば今、"相手から誘われた事が情けない"というのもあるし"素直に頷けばよかったものの"というのもある。 単純だ、行かないと後悔するんだろう。自分の中で誰かが背中を蹴り飛ばす、結論が出ているのならばくだらない事考えていないでさっさと行け。 「…いや、やっぱり行こう」 「わあ、気が変わったの?嬉しい」 手を差し出したのはごく自然な事だった。考えより先に動いていたというのか、いつも出してから恥ずかしくなる。 瞬間引っ込めたくなる衝動に駆られても、相手が繋いでくるから戻すに戻せなくない。しかし安心するのだ。 繋いだ途端、リノアが照れ臭そうに笑うと、安堵が雪崩のごとく襲ってくる。 この一瞬という緊張感は生きている何より疲れるのに、出歩くとき自ら手を差し出してしまう時点で、その一瞬を求めてしまっているのだろう。 予想通りというか、リノアは次から次へと屋台を見たがるので、足は忙しかった。 下手をすると相手に手を引かれるという状況になりかねなかったが、プライドというものが力になるのか、早足で先を進む。 通り過ぎる人々と次から次へと肩がぶつかり、相手の暴言や文句が脳内で勝手精製されていく。 実際に聞こえてくるわけでもないのに、被害妄想は深刻だった。 段々と増していく疲労が足を速める。その場所を探していたとでも言うように、人気の少ない場所へ辿り着いていた。ほっとして我に返る。 繋がっていて当然と判断していた右手の感覚が無くなっていたのだ。はっと来た道を振り返ると、そこにリノアの姿が無くて、血の気が引いていくのを感じた。 自分一人でここまで来たのか、いつ放してしまったのか、何故気付かなかったのか。小さな灯り一つの空間に疑問が突き刺さる。 「スコール!」 目は開いているのに何も見えていなかったらしい。何処からか名を呼ばれて、弾けるように再び我に返った。 リノアが慌てた顔でこちらへ駆け寄ってくる。眩い道が人の顔を影にしていた。 「もう、どんどん先に行っちゃうんだから」 「…すまない」 「手もいつの間にか離しちゃうし」 「…すまな、」 「ごめんね、無理させちゃって」 怒声を浴びる覚悟はそれなりにしていたが、謝罪を受け止める準備はしていなかった。 パニックを起こしているのか、続く会話が見つからず、途切れ途切れに出てくるのは言葉にならない言葉だった。 「スコールが手を差し出してくれると、嬉しくて、きゃーってなって、周りが見えなくなっちゃうの」 「…」 「それでね、無理させてるなあって分かってるんだけど、足が勝手に動いて」 「もうそれ以上何も言わないでくれ」 情けなさで俺を殺すつもりなのか、問いただしたくなるリノアの言葉を塞ぐように抱き締めた。 頭を肩に押し付けると話しかけの開かれた口からもがっと奇妙な声が零れる。 抱き締めていると、考えが全て伝わってしまっているのではないかと不安になる。そんな事が自分の知らぬうちに起こっていたら、それこそ殺された方がマシかもしれない。 「すまない」 「そればっかり」 「俺も、周りが見えなくなってるんだ」 「テンパって?」 「…そうなんだと思う。浮かれてるんだ」 「ふふ、顔に全然出てない」 「本当だ」 考えが伝わるのは嫌だと言った矢先、後々からかわれること確実であるそんな事を主張するのは馬鹿だと思ったが、どこか信じられていないような冗談混じりの笑みを聞かされては、念を押さないといつか必ず後悔するのだ。 喋るたびに墓穴という沼にずぶずぶ沈んでいくような感覚に陥るが、言葉は止まらない。 「繋ぎたいと思って、繋いでくれてる?」 「当然だ」 「じゃあ、もう一回繋いでほしいな」 「ああ」 沈黙は誤解を招く。すかさず、自分でも驚くほどの強い返事だった。 (帰り道、ゆっくり並んで歩こ。私さっき屋台見ててね、欲しいものがあったんだ) (ああ、次は、大丈夫だよ) (ふふ、期待してる) sunx ごめんねママ |