有毒ユートピアン



夜も更けたころに人の部屋の扉をガタガタと鳴らされるものだから、やかましさに耳を塞ぎたかったが両手は忙しかった。
あいにく(というか毎度の事であるが)高いホテルではなかったのでインターホンもなにも付いていない貧相なその扉は、来客を確認するには開けるか大声を出すぐらいしか方法がなかった。
鍵を壊すつもりなのか、無理やり揺らされるたびに嫌な音を立てる。こんな無茶をするやつは大概一人か二人しかいなかったが、聞こえてくる声は聞き覚えのある女性のものだったので容易に検討がついた。

「スコールもトランプしよーよ!」
「断る!」
「ねー開けてよー!」
「人の話を聞け!」

明日は早いと食事の時に話したのを忘れたのか、と言っても聞く耳を持っていないらしい。
ドアノブをこちらから引っ張ると引っ張り返される。いい加減懲りたのか、と安心を抱いた矢先、耳を澄ませてようやく聞こえた呟きにもう折れるしかなかった。

「ゼルに開けてもらうもん」

トランプというのはそんなに強行突破してまでやりたいものなのか。パンチが飛んできて木の扉がバキバキに壊されてはたまったものではない、自分はそんな部屋で眠るのは嫌だし、何よりとんでもなく無駄金だ。
そのスキをついて一瞬にして忍び込んでみせたセルフィに続いてぞろぞろとメンバーが部屋へと入ってくるものだから、強烈な頭痛に襲われた。

「一人部屋なんて寂しくてつまんなーい!ってセルフィが」
「トランプってなんだよ!遠足かよ!」

(その割に随分楽しそうな顔をしているんだな)

気分が落ち着かない夜だった為、まだ寝るつもりこそなかったが、一人の時間を有意義に使おうと思っていたのに。
よりにもよって何故俺の部屋なんだ。しんと静かだった空間が弾けたように一気に騒々しくなる。それこそゼルが言うとおり遠足やら修学旅行やらそんな感じのテンションだった。

「おいキスティス…」
「いいじゃない少しぐらい付き合ってあげれば、私も孤独な夜はそんなに好きじゃないの」
「そうそう、セフィがやりたいって言ってるんだからさ〜。それともなになに?スコール自信ない?」

頼みの綱のキスティスもこういう事には乗り気で困る。「だいたいなんだ。孤独な夜って、別に恋人がいるわけでもないしガーデンに居るときはいつもそうだったろう。」
そんな風に思った。口に出すはずはない、つまりその言葉は内心に吐き捨てられたはずだったが、盛大に睨まれた。まるで聞かれていたかのようだ。
続けてニヤニヤ笑うアーヴァインは、纏わり付くような喋り方で挑発気味に言った。頭の中でカチンと音が鳴ったのが聞こえる。馬鹿にするのも大概にしろ、カードは好きなんだ。
そう告げると、どっかりベッドの上に座ったリノアとセルフィがくっくっと喉を鳴らして笑い出した。何が可笑しいのか。

「カードしてるときのはんちょ、目がマジだから〜」
「これは本気でかからないとボコボコにされちゃうね」
「…やるならさっさとしてくれ」

頭を抱えて、言葉にならない言葉を頭の中で精一杯自分に言い聞かせる。ため息をついて仕方なくざらつく絨毯が敷かれた床に座った。狭い部屋な為居場所が少ない。椅子なんて当然のごとく他の奴らが腰掛けているんだ。

「何やる?」
「とりあえずババ抜きやろーぜ!」
「ゼルってそれしか知らなさそうだよね」
「おいおい!そんなことねーよ!」

けらけらと馬鹿にされるゼルを横目で見ながら、配られたペラペラで頼りのないトランプの束を手に取った。
広げて真っ先にジョーカーが目に入る。幸先が悪いそのカードを如何に早く引かれるか。既にそんな事を考え始めている自分はやはりカードが好きらしい。個人的に恨みはないがこいつが早くアーヴァインに回ってほしい限りだった。

「勝った人は、明日スコールにアイス奢ってもらえる!ってのはどう」
「意味が分からないな」
「いいねいいねー」
「良くない」

俺は今まで生きていて此処までの不条理を真に受けたことはなかった。わはははと広がる笑い声がこれっぽっちも理解出来ない自分はどこかおかしいのか?いやそんな筈はない。とりあえず俺は負ける訳にはいかないらしかった。
結局一人静かな夜など訪れず、朝まで勝負は続いてしまうのだ。寝不足なSeeDって、と笑われること請け合いな顔で、明日モンスターと戦うはめになる事をまだ誰も知らない。
ただ、理不尽極まりないアイス奢りの刑だけは避けられた事を、褒めてやってほしい。


sunx 告別
 
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