行方知れずの春

To Rinoa.





「…バレンタインの、プレゼントですか?」

店というものは元々好きではなかった。店員が寄ってくるとなると尚更だ。思ってもいない言葉をずけずけと並べ買わせようとする。あしらうのが面倒で、苦手だった。
そして頭上から聞こえた柔らかな声に、ぎくりと肩が揺らいだ。バレンタイン、その言葉に図星を突かれて尚更だ。花屋など生涯自分に縁もゆかりもない場所だと思っていたというのに。
スコールは睨みあっていた色とりどりの花から目線を逸らし、嫌々声のする元へと顔を上げる。声通りというか、エプロンと大きなリボンが印象に残る落ち着いた雰囲気の女性だった。

「最近買う人、多いんです。今年の流行、らしい」
「…流行?」
「そう、男の人が女の人に、お花を送るの」
「別に…俺は流行に乗ったわけでは」
「やっぱり、バレンタイン用だったんですね」

会話の流れに見出された目的に、くすくすと笑ってみせる女性にどうしようもない恥ずかしさがこみ上げてくるので思わず頬が赤くなる。揺れる睫毛の長さに心の奥底まで覗かれているような気分になった。言い返す言葉も見当たらないので頬を手の甲で隠して、ふいと顔を逸らした。

「あ、ごめんなさい」
「…いや」
「その制服、多分知り合いと同じ学校でつい馴れ馴れしく」
「…知り合い?」
「知ってるかな、クラウド。クラウド・ストライフ」

ごめんなさいと言いつつも、なんだか声色は楽しそうに弾んでいた。
そしてその淡々とした喋り方は、出来れば早々とこの場を去ってしまいたいというのにがっしり足を繋ぎとめる。知り合いなんていうから、気になってしまった。
だけど、聞かなければよかった。その名前が出た途端スコールの顔があからさまに不愉快な、怪訝そうな表情になるものだから、少女は思わず吹き出した。

「ふふふ、嫌そうな顔」
「…」
「でも少し、似てるかも」
「は?」
「雰囲気、似てるって言われない?」
「言われない」
「そう」
「ああ」
「…同族嫌悪?」
「違う、一緒にするな!」

声を荒げても動じることなく相変わらず笑っていて、その相手の冷静さというか、言ってしまえばからかわれているともとれる微笑みに唇の裏を小さく噛んだ。さっさと花を買って、帰ろう。狂わされた調子を立て直すため静かに呼吸を整えた。
そして再び真剣な花との睨めっこが始めてみる。しかし女性の気はおろか人間の気持ちも分からないのかと笑われた事のあるような自分が、相手が何の花を好むのか、そんな事とてもじゃないが分かる筈もなかった。
慣れない事はする物ではないのかとずぶずぶ気が沈んでいく。

「バラ、ガーベラ、アネモネ、スィートピー…。なんて勧めつつ、あなたが選んだ花ならきっと、どんなものでも喜んでくれると思うよ」
「…」
「ね」
「…バラだけは、勘弁してくれ」
「ふふ、シャイだね」

指でこれとか、これとか。と指される花はいくら自分が知識がないといっても丁寧に育てられたということぐらい分かる、穏やかで綺麗なものだった。しかしいくらなんでも愛をそのまま形にしたように赤い薔薇の花は、とてもじゃないが自分には荷が重すぎる。というか渡せる気がしない。

「じゃあ、…これ」
「ガーベラ、一本。素敵」

考えても、悩んでも分からなかった。この短時間で分かった。自分では決められないのだろう。「どんなものでも喜んでくれる。」目の前の今日初めてあった少女の言葉を信じて、目先にあった花を指差した。
少女は小さく頷いて、細い腕は慣れた手つきで一輪をピンク色の包みでラッピングしてみせる。飾られた花を不安が残る左手で受け取ると、ゆらゆらと小さく揺れた。

「上手くいくといいね」
「…どうも」
「チョコレート、たくさん貰えるといいね」
「…俺は甘いものが苦手なんだ」
「じゃあ貰えるのは一つでいい、か。…貰えるといいね」
「嫌味か」
「冗談、冗談。あ、ね、明日クラウドがたくさんチョコレート貰ってたら、恋人が泣いてたぞって言ってやってくれない?」
「自分で言え」

代金を払いながら、投げつけられた甘ったるい冗談をきつく打ち返して、さっさと店に背を向け帰路を辿る。夕焼けが世界を飲み込み始めていた。後ろから少女のありがとうございましたという声が聞こえてくる。不思議な店員だった。
人影を感じない道路、コンクリートの壁にもたれてもう一度花を見た。空が藍に染まり始めて電柱に霞んだ光が灯る。吹き抜ける冷えた風が、一緒に淡い期待を象らせてみせた。


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