学パロ




文庫のページをめくるリノアの姿は言ってしまえば授業中より真剣で、集中しているようにも見えた。とは言ってもセルフィに何を読んでいるのか尋ねられれば答えていたし、嬉しそうに本のあらすじを語っている。
自分は窓越しに外を眺め、陽の光の眩しさを感じていたが、耳はそちらに傾きその作品名をぼんやりと聞いていた。程度だと思っていたが、思ったより思考はそちらにしか向いていなかったようだ。

その日の帰り道に古本屋に寄った。
古本屋の臭いはあまり好きではなかった。湿気によって広がったカビの臭いとそれを消毒する液の臭い、鼻腔を通じて体内に広がり、思わず顔をしかめる。
耳を塞ぐイヤホンは他人との干渉を逃れるためには便利なものだった。コードを通じて流れてくる音にさほど興味はない。

連なる膨大な本を漠然と眺める。
(こんな…名前だったか)

記憶を辿り彼女の口から零れた名前を思い出した。一致するものを探し出し、適当に取り出す。表紙は日に焼けて茶色く染まっていた。パラパラと中身を確認する。どんな内容なのか、情報は何もないし別に自分はこれといって読書が好きというわけではないが、リノアが読んでいるのならば…。とここまで考えてふと我に返る。

(好きな人が好きだというから自分も同じ物を読む?…いや、引かれるだろう、これは)

額に手を置いた。仮に自分の部屋で読むとしても、もしかしたら何かの拍子で知られてしまうかもしれない。動機が不順すぎる。好きな人という表現すら気持ちが悪いが、ああ、とにもかくにもこれは駄目だ。
被害妄想がどんどん拡大して、店全体にかかる暖房としばらく居ても慣れない嫌いな臭いが混ざる空気の中、頭がくらくらとした。

「ねぇったら」

ぽん、と肩を叩かれる。ぞっと背筋に戦慄が走り、冷や汗が一気に体中に広がるのが分かった。恐る恐るした万引きがバレたとき、このような焦りが起こるのだろうか。立っているだけだというのに、心臓の音が暴れている。
瞼に不安が残り落ち着かないまま、耳から外れかけたイヤホンのコードを手にとって呼ばれた方に振り向いた。

「あ、やっと気付いた」
「リノア…」
「向こうの方で見つけて、さっきから呼んでたんだけどイヤホンしてたんだ。どうりで気付かない」
「あ、ああ」
「スコールも本とか読むんだね、うん、好きそうではあるけど。何読んでたの?」

私服を身に纏いにこりと笑う目の前の少女の現実味のなさに、気を抜いていた。
丸い瞳を手元を向けて、持っていた本の表紙を確認しようとする。
しまった、と思った。今これを見られたらまさしく先程の展開そのままだ。慌てて戻しても、戻した所でそこを見られれば何を持っていたかなどバレてしまう。

「あれっ」
「…」
「スコールもこの人の本好きなの?」
「…あ」
「私も好きなんだ」
「あ、いや…まだ読めてはいない、んだ」
「そっか、だから買おうとしてたんだよね。でも私持ってるのに、言ってくれれば貸すよ」

(…あ、れ)
思わず目を閉じて終わりを覚悟したが、会話の流れが全く予想だにしない方へと続いている事に気付き、ゆっくり顔の力が抜ける。

「ひょっとして自分でも持ちたい?それだったら余計だよね…」
「いや、そんなことは、か、借りる!」

どもりすぎて気持ちが悪い。

「ホント?わーい嬉しい」
「貸すのに嬉しいとかあるのか…」
「うふふ」

家に置いてきてしまったから取りに来てほしいと笑ったリノアの表情にまた目眩がした。
長いため息が零れて、心配される。こんな事で良かったと安心している自分が嫌だ。「お前は考え過ぎなんだ。」悪意がなければ、言うほど悪いことは起こらない。客観的に自分を見る自分が、脳裏に分かりきった事を投げ捨て去っていく。

「帰り道一緒に歩けるなんてロマンチック」
「なんだ、それ」
「色々あるんだよーだ」
「…リノア」
「なーに?」
「…ありがとう」
「ふふ、なんだそれ」
「…色々あるんだ」

自分との安い葛藤が彼女との会話で何処かへと飛んでいくあたり、自分は相当彼女の事を好いているらしい。…ああ先程から何なんだ自分は、気持ちが悪い。まるでストーカーみたいじゃないか。繰り返される自虐で形となる黒い靄、リノアの華やかな声で吹き飛んで、また現れる。どうやら素直に事を喜ぶのにはまだ時間がかかるらしい。
何よりこれから本を借りて、リノアと感じた事を共有出来ると思うとどうにも嬉しいらしく、また自分に寒気が走った。


sunx ごめんねママ
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -