*暗め *闇鋼
激しい雨が、カーテンの裏側のガラス窓を叩く。遠くからは雷の音。それはだんだん近づいてくるのが分かる。
「レーベ」
掠れた声が鼓膜をダイレクトに震わせた。ぞくりとした感覚が背筋を駆け上る。
縋るように俺の服をつかむ手は、小刻みに震えていた。こんなメルは初めて見る。
いつもと変わらない低い体温が俺の体温を奪う。お前が何に怯えているのか、俺にはわからない。尋ねてもメルは譫言のように俺の名前を呟くだけ。安心させるようと抱きしめる力を強くすると、ますます強くしがみ付いてくる。
雷の光がカーテンの隙間から入り込んで一瞬だけ薄暗い部屋を照らす。一拍遅れて轟音が空気をビリビリと震わせ、メルの体が強張った。けっこう近かったな。
「……全部忘れてしまいたい」
肩に顔を埋めていたメルは唐突に顔を上げて唇を重ねてきた。冷たいそれが痛々しい。
忘れたいもの。それはお前自身の過去なんだろうな。俺はお前の過去を知らないからなんて言えばいいのかわからない。
「一時でもいい」
唇が離れて、メルはまた俺にしがみつく。さっきよりも強く。また外が光った。数秒遅れて雷の音が轟く。
「お前だけを見ていたい」
辛いだけの記憶だけを海馬から抹消して、ただ愛しいものの存在だけを感じられたら幸せなのだと、メルは呟く。 蚊の戦慄くような声は、激しさを増していく雷雨に掻き消された。
「レーベ」
「なんだ?」
「視界も感覚も記憶も、全部お前で埋めてほしい」
耳元で吐息交じりに囁かれる声に、くらりと眩暈がする。
「全部忘れさせて」
耳に直接触れた唇から漏れたその言葉は、「助けて」という悲痛な叫びにも聞こえた。
耳なら誘惑
(耳を塞いで、目を覆って、それでお前の苦しみが和らぐなら)
孤児院で同室設定のレイメル。うん、勢いだけでした。
20120226