*アグニ+グロット


 グロットがアグニに抱いた第一印象は不思議な奴≠セった。
「おめぇさ、なんでそんなニコニコと笑ってんだぁ?」
 頬を掻きながら、グロットは他の子供たちと遊んでいたアグニに問う。アグニは質問の意味がまるで分かっていないのか、首を傾げた。
「おれが笑ってると、おかしいのか?」
「いや、そうじゃなくてよぉ……」
 アグニがこの孤児院に入ってから三日がたつ。アグニは特に音沙汰も何もなく極々普通に此処の子供たちと打ち解けてきている。よく笑う感情表現豊かな普通の子供。それがこの孤児院に入れられる子供たちの中では、少々異質≠セった。
 この孤児院に来る子供は、相当の訳ありばかりだ。グロットも、彼と親しい仲間たちや他の子供も、ここに来たばかりの頃は精神的に不安定な物が多い。とてもじゃないが無邪気に笑っている子供なんていなかった。孤児院の子供たちの中でも古株であるグロットはそんな子供たちの精神的なケアを進んでしている。しかし、アグニのようなタイプは初めてだった。
 大人たちからすれば手間の掛からない子供なのかもしれないが、グロットはそんなアグニに妙な引っ掛かりを感じている。
「此処に来る前のこと、思い出したりしねぇのか?」
 グロットは何故アグニが此処に入れられたのか、詳しいことは知らない。孤児院の大人たちは誰もそれに触れようとしない。だから探りを入れる問いを投げた。それを知らないことには、アグニに対してどう接していいのかよくわからなかったからだ。
「ここに、くる前……?」
「そうだ」
 少し考え込む仕草、そしてアグニはぼんやりと包帯を巻いた自分の左手を見る。
「前……っ!」
「おい?」
 瞬間、アグニは呻きながら頭を押さえて蹲った。突然のことにグロットは慌ててアグニの傍らに膝をつく。
「――っ!」
(まさかこいつ記憶がねぇのか……?)
 苦しそうに額に脂汗を滲ませるアグニに、グロットはようやく自分が地雷を踏んでしまったことを理解した。
「す、すまねぇ、無理して思い出さなくてもいいんだぞ?」
 肩を揺すってアグニに声をかける。程なくしてゆるゆると顔を上げたアグニの顔を見て、グロットは戦慄した。
 ぼんやりとグロットを見るアグニの顔や瞳からは、感情という感情が抜け落ちていた。それがあまりにも普段のアグニと違い過ぎていて、グロットの背筋に嫌な汗が伝う。
「ア、グニ……?」
 このままにしておくのは危ないと本能的に悟ったグロットは、そこらで子供たちの面倒を見ているアルボルたちを呼ぼうかと顔を上げた。その時、
「アグニにいちゃん?」
 先程までアグニと遊んでいた子供たちが彼を呼ぶ。
「! なんだ?」
 グロットは咄嗟に子供たちをオグニから遠ざけようとしたが、瞬間にいつものアグニに戻ったので行動を止める。
「はやくサッカーしようよー」
「あ、ごめんな!今行く!」
 先程までグロットと会話していたことすら忘れたのか、アグニはぱたぱたと子供たちの方へと駆けて行った。取り残されたグロットはただ呆然と、遠ざかるアグニの背を見つめる。

「……なんだったんだ?」

 どっと疲れが襲ってきて、グロットは力なくその場に座り込んで呟いた。



違和感の裏側に眠るもの
 それは確かな恐怖と狂気。


地雷を踏みかけたグロットと何もわからないアグニ。
20120223

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