*自傷行為、流血表現あり *シリアス *闇鋼


 埃っぽいその場所でランタンの小さな火だけが揺れていた。その火に照らされて、メルキューレは書庫の隅で座り込んでいた。
 扉を閉めてから、俺はゆっくりと彼に近づく。
 カッターで裂かれた白い手首を伝う血が、書庫の床に赤い染みを作る。右手に握られた刃が再び手首に近づくのを見て、俺はその手首をつかんだ。それは相変わらず小枝の様に細くて、これ以上力を入れたら折れてしまうのではないかと危惧するほどだ。
「もうやめろって言ってるだろう」
 咎めるように言う。彼は答えない。ただじっと水銀の瞳で俺を見ている。ただ見ているだけ。それに感情も何もない。ただその凪いだ瞳に俺の姿を映している。まるで鏡のように。
「……」
 相変わらず、感情が消えた目をしていた。綺麗な、銀色の瞳だった。瞳だけじゃない。その長い流れるような銀の髪、服から除く穢れを知らないような雪みたいな肌も、纏う冷たい雰囲気も、何もかも綺麗だ。従弟と同じようで違う綺麗さに、背筋が凍る。手首から滴る赤ですら、彼の美しさを引き立てる装飾品でしかない。
 カッターを手から取り上げて、床に放る。すぐに傷口を確認するがそこまで深くは切られていないようだ。そのことにホッとしつつも手当しようと、もっていた救急箱を取り出す。
「まったく。メルキューレは目を離すとこれだから」
「お前には関係ない」
「はいはい。いいから手当するぞ」
 メルキューレのこういった行動はこれが初めてではない。彼がこの孤児院に入って、出会ってから三日間は毎日のようにこういったやり取りをしている。メルキューレはいつも死にたがっていた。たぶんそれは彼の過去に起因しているんだろう。ここに来たばかりの奴は精神的に不安定な奴らも多いから、メルキューレのような行動を起こす子供は対して珍しくない。そういった子供は大人に任せて口出しをしないのが通例だが、俺はメルキューレを放って置けなかった。この三日間はずっと見張りと称してメルキューレにくっついている。
「何で俺に構う」
 止血して、傷を消毒しようとしたら不意にメルキューレが問いかけてきた。
「なんでって、同室の仲間だからに決まってるだろ?」
「同室だと言っても、俺とお前は他人だろう」
「まぁ、確かにそうだけどさ」
 ただ同じ孤児院の子供なだけ。この施設の中で家族と言う慣れ慣れしい認識を持っている子供は少ない。グロットやアルボルのような面倒見のいいタイプは逆に珍しい方だ。俺も彼らとは違って、進んで他の子供に関わろうとはしないタイプだ。でも何故だかメルキューレだけは放って置けなかった。
「そろそろ、死なせてくれないか?」
 手当てする手が止まる。顔を上げると、メルキューレの目に初めて感情と言えるものを見た。それは俺に対する懇願と、深い悲しみだった。
「馬鹿言うな」
「もう充分だろう?」
「死なせるもんか」
「俺は生きていても死んでいても変わらないんだ。だったら、いないほうがいい。意味のない生なんて、死と一緒だ」
「いい加減にしろよ……!」
 やめろ。そんなことを言うな。死にたいなんて、簡単に口にするな。込み上がってきた苛立ちのままに、血が滴る左手首を掴んでほぼ血が止まってきている傷に唇を寄せる。
 冷たいそれを舐めとると、メルキューレは肩を引き攣らせた。逃げようとする体を抱き寄せて傷口に舌を這わせると、震えた声で「痛い」と声が上がる。
 生きていても死んでいても変わらない? そんな訳がない。死んでいたら、痛みなんて感じるはずがないんだ。
「お前は俺が死なせない。生きろ」
 手首から口を離して言うと、くしゃりとメルキューレの顔が泣きそうに歪む。俺より年上のはずの存在が、酷く小さく感じた。
「俺を死なせないというなら……俺に生きる意味をくれないか?」
 その細い体を今度は両腕で抱きしめる。服ごしでも、その体は酷く冷たい。
「メルキューレ……」
「でなければ、俺が死ぬのを止めないでくれ……」
 自分自身で生きる意味を見つけられない、哀れな存在。そんな存在がこの残酷な世界で生きるのがどれほど酷なのか、俺には想像もつかない。
「わかった」
 でも、それでお前が生きていてくれるなら、お前に生きる意味を与えてやる。それが正しい選択とは言えないけど。
「お前は今から俺のものだ。俺が望む限り、俺の傍にいて俺の為に生きろ。それがメルキューレの生きる意味だ。そのかわり、俺もお前の傍にいるから」
 ひゅ、と息を呑む音が聞こえた。
 戸惑うその表情を見て、俺はほぼ無意識に彼を縛り付ける最大の言葉を告げた。

「好きだ、メルキューレ」

 逃げようとすメルキューレを逃がさないために、噛み付くようにその唇に口づけた。
 冷たいそれを直に感じて、俺は、はじめて会った時からお前に縛られていたことをやっと自覚した。


依存という名の鎖
(歪んでいてもいい)
(お前が生きていてくれるのなら)


私的十闘士解釈でのレイメル(孤児院時代)
脳内設定ではメルが14歳で、レーベが13歳なんだけど、どっちもこの年齢の会話ではないというね。
20120218

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -