「ふ、ぁっ……ん、あっ」
「っ……郁」
「やだ、や、やっ、ぁっ……」
ぼろ、と郁が泣いた。
聞きたくない。そう思うのに、透は呪いの言葉を聞いてしまう。
「お、とう、さん……っ」
ぎり、と音がしそうなくらい奥歯を噛み締めた。
透が決して触れることのない郁の身体中に残っている、傷痕の意味を知らないわけではなかった。幼いときから隣にある郁の家から聞こえていた、暴力的な音を忘れていたわけではなかった。
呪縛から逃れても、尚。郁は父親の夢を見ては、怯え、自分にされたことを思い出し、打ち消すように透を求めた。
そうしないと眠れないのだと、いつか、クマを作って家を訪れた郁に言われた。
すべては利用するために。それでも、自分を思い出してくれたことが、必要とされたことが、透は嬉しくて仕方が無かった。
それが、昔から郁に好意を寄せていた透にとって、残酷な仕打ちだとわかっていても。
「っ、だれと、重ねてんだよ……」
透の低く掠れた声は、嬌声に喘ぐ郁の耳に届くことはなかった。
「こわ、ぃ、こわい、とーるちゃん、どこっ……」
「……ここにいるだろ」
「やだぁっ、とーるちゃ、こわい、よ……っ」
どれだけ近くにいても、どれだけ抱いても、郁は迷子のように透を求めた。目を開ければ目の前にいるのに、手を伸ばせば触れられる距離にいるのに、郁は絶頂が近くなると必ず、それを与える透の存在をいつも忘れてしまうのだった。
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