郁の肩にかかっていた透の上着が、するりと床に落ちた。明かりの元で見ても変わるわけではなかったが、やはり郁はシャツ一枚という寒い以外の何の感想も持たない格好をしていて、サイズの合ってなさを感じる鎖骨の露出具合に、透はやはり心中で舌打ちをする。
痩せた。そうなるべき理由を知らないわけではないから、咎めることはできなかった。
「とーるちゃん、」
舌っ足らずな声が、透を呼ぶ。甘く、密を連想させる声だった。郁はシャツの前ボタンを上から順に外し始めた。
「郁、まずは風呂入れ。身体冷えてる」
「やだ」
「言うこと聞け」
三つ年下の幼馴染の我が儘は、透にとって慣れっこだった。我が強く、基本的に説得は効かないということも。
「やだっ……」
ボタンを外す手を止めようと両手首を掴まえるけれど、郁は抵抗するように力を入れた。もちろん体格の良い透の力に及ぶわけではなかったが、郁は自らの手首が折れてでも抵抗しそうなほどの気迫を持って暴れようとし、透は壊してしまわないように少しだけ力を緩めた。
力で止められない代わりに、華奢な身体を抱き締める。こうすれば十中八九大人しくなることも、透は経験則から知っていた。
「落ち着け、な?」
「……とーるちゃん」
「ん。また、夢、見た?」
「ん……」
こんな夜は、決まって郁は夢を見る。そして決まって夢を見た後は、透の元へやってくる。
「おねがい」
「…………」
たった一つの願いを背負って、透の元へやってくるのだ。
「とーるちゃん」
「………」
「……忘れたい……っ」
泣き出しそうな声を聞くと、いつも透は負けてしまうのだった。今日こそは説得をするという強い意志もいつしか崩されて、骨の浮いた素肌に手を滑り込ませてしまう。
そうすることで郁が救われるなら。何度も罪を重ねた。
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