夜の足音 | ナノ


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 しん、と銀色の月が冷たい光を落としていた。夜空を見上げても、街灯が邪魔をして星はほとんど見えることはない。ほう、と吐いた息が白く染まって霧散していくのを、透はぼんやりと見つめていた。
 こんな、夜は。確信を持って、帰路を行く足を速めた。
 仕事終わりの今、もうすっかり遅い時間になっている。比例するように気温は下がり、レザーダウンジャケットを着ていても寒さを感じた。
 静かな住宅街に足音が響く。きっと今、こんな夜はいつだって、細い身体を小さくして寒さをしのぎながら、彼は待っている。そんな確信を持って、自宅マンションのエントランスへ入った。
 部屋は五階。エレベーターを降りると一直線に廊下が続き、一番奥が透の部屋である。一定間隔に設置されている電灯だけでは、夜の廊下を照らすには心もとない。部屋に近付くにつれ、ドアの前で蹲っている人影が浮かび上がる。予想通りで驚きはなかった。

「郁」

 呼びかけると、腕に顔を埋めていた人影が動いた。
 上がった顔はぼんやりと透を見つめた。大きな目が眠そうに半分閉じられていて、寒さのせいで頬が赤い。女顔なのは元からで、こんな夜に変質者にあったらどうする、と透は心中で舌打ちした。
 ここにいるということは、夜道を―――恐らく、何かから逃げるように走って、ここまでやってきたのだと予想できた。

「とーる、ちゃん」

 舌っ足らずな声は昔からで、透は溜息を吐きながら上着を脱いだ。郁の薄っぺらいシャツ一枚という季節にそぐわない格好に眉をしかめながら、その背中にかけてやる。手を引いて立ち上がらせると、郁はよろよろとよろめきながらも、透の胸にしがみついた。

「とおる、ちゃん、透ちゃん」
「郁、わかったから、まずは部屋に入れ」

 頭一つ分は身長の低い小柄な郁の肩を抱いて、部屋の中に入った。空気が停滞していて外よりは暖かく感じるが、寒さを凌ぐにはまだ足りない。明かりをつけながらリビングへ進み、エアコンをつけた。
 郁は相変わらず透の胸の中にしがみつくようにしていて、離れようとしなかった。仕方なくソファに座ると、郁も連動して隣に座りこんだ。


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