すり、とすり寄ってくる郁を抱き締めながら、血を吸っているタオルをちらりと見やった。
自分で、やったのか。初めてではない。
父親に暴力を受けた過去は、今も郁を苦しめる。自分を自分で傷つけることは父親からされたことを思い出させるのに、それでも郁は傷付けるのをやめない。
刷り込まれた、自分を罰するという行為。そうすることで、いつしか郁は落ち付くようになっていた。
「っ……ひ、ぅ」
「郁?」
ひく、と郁がしゃくりあげて、慌てて両手で頬を掴んで顔をあげさせた。郁は顔をくしゃくしゃにして、涙を流していた。
「こわ、かったっ……、とおるちゃ、っ、いなくて」
「……ん」
「とおるちゃんの偽物が、追いかけてくるの。おれを、いらないって……迷惑だって、いうの……どこかいけって、嫌いだって、いうの。こわくて、帰ってこないんじゃないかって、本当のとおるちゃんが、どこにいるかわかんなくて、おれっ……」
壊れそうだ、と透は思う。それくらい郁は危なっかしくて、儚くて、不安定だった。それに対して自分が何をしてやれるのか、自信はなかった。
それでも、傍にいたいと思うのは。郁は自分を必要としてくれているからだった。
「郁」
「っう、ぇ……っ、ふ、ぅ」
「郁、こっち見て」
「ぅ……?」
涙で濡れる大きな目をしっかりと見つめた。伝われ、どうか、いつも不安の中で生きている郁に、伝わって欲しい。
「好きだ」
何年も一緒にいた。気がつけば隣で郁は笑っていた。それが当たり前になっていた。
それじゃいけないのだろう、と透は思う。伝えなければ、言葉にしなければ、郁は不安になってしまう。
気持ちを口に出すのは恥ずかしい。けれど、郁だから。
「信じろ。郁が、好きだ」
郁はきょとん、として、次の瞬間にまた顔をくしゃくしゃにして泣いた。
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