鍵は開いていた。開いた扉から明かりが漏れて、郁が部屋にいることに安心する。しかし暖房はつけられていないようで、部屋の中はひやりとしていた。
「郁?」
マンションのエントランスに入ったあたりから、電話から郁の声は聞こえなくなっていた。眠ってしまったのかと思っていたが、やはり部屋で人が動く気配はない。
廊下を通ってリビングに入り、ひゅ、と息が詰まるかと思った。
「っ、」
郁は、ソファで横になって眠っていた。それだけだったら良かった。小さな身体を胎児のように丸めて眠る郁の顔色は最悪だった。
ただ眠っているのではない。その証拠に、郁の左腕に乱雑に巻かれたタオルが血を吸っていた。透と繋がっていたスマートフォンは、郁の手から滑り落ちたように床に転がっている。その隣には、血に濡れた果物ナイフも。
「郁、郁っ」
起伏が激しいほうではなかったが、透が感情を乱すには十分だった。顔を真っ青にして目を瞑る郁の肩を揺すると、うっすらと目が開いた。
「と、るちゃ……?」
「何やってんだよっ」
「ほんもの……?」
郁がふらふらと身体を起こそうとするから、透は手を貸した。ソファの隣に座って、細い身体を抱いて支える。傷だらけになっているのであろう左腕は、力が入らないように投げ出されていた。
「本物だよ、ちゃんと帰ってくるって言っただろ」
「ん、良かった、帰ってきた……」
傷のせいかあまり具合が良くないのだろう、郁は浅い息を繰り返していた。
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