夜の足音 | ナノ


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 透は職場のロッカーで制服から私服に着替え、一息ついた。働いているのは昼間はカフェ、夜はバーになる店で、すでにバー営業が始まる二十二時を回っている。ダッフルコートを着込んで、ロッカーの中に置きっぱなしだったスマートフォンを見る。
 着信、五件。思わず眉をしかめた。ロッカーを閉めながら折り返し電話をかける。
 それはすぐに繋がった。

『っ………』
「郁?ごめん、仕事今終わった」
『と、る、ちゃん』
「今どこ」
『とおるちゃ、こわい、こわいの……』

 いつもはこんな電話はくれなかった。あの夜から、郁は透に電話をくれるようになっていた。毎回オンタイムで取れるわけではなかったが、それでも自分を頼ってくれているのだということが、透には嬉しくてたまらなかった。

「すぐ帰るから。どこいんの」
『とおるちゃんの、部屋……』
「鍵、もってるだろ。ちゃんと中入ってろ」
『ん、ん……』

 職場から家までは徒歩十五分。従業員入口から外に出ると、外気に触れた吐息がすぐ白くなった。片手を上着のポケットに突っ込み、スマホは耳から離さないまま足早に帰路についた。

「ちゃんと暖房、つけてるか。寒いだろ」
『ん……』

 郁からの返事がぼんやりとしていて、不安になる。そもそもきちんと部屋の中にいるのかどうかも定かではない。郁だったら、外でずっと待っていてもおかしくはない。
 マンションに着くまでの数分間、郁は歯切れの悪い返事ばかりを続けていた。もしかして眠たいのかもしれない。マンションのエレベーターで五階まで上がり、辿りついた自宅までの廊下を見るが、郁の姿がなかったので透はひとまず安心した。


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