めぐむが胸の前に置いていた手を握る。握り返してくれる力はなかった。さらさらと親指でめぐむの手の甲を撫でると、くすぐったそうにもぞもぞと動いた。
「甲斐、さぁん」
「ん」
ぎゅ、と俺の右腕を抱き締められる。抱き枕よろしく、めぐむは脇にしっかり挟んで、俺の手を握りしめた。
「どした?」
こういう夜は、めぐむが不安になっているときだから、俺はなるべく優しく声をかける。繊細すぎて、優し過ぎて、不安がっているときはいつも消えてしまいそうで、壊れないそうにそっと包み込む。
「なんでも、ない……」
そう言いながらも、めぐむは寝返りをして俺の方を向く。もぞもぞと隠れるように俺の胸に顔を押し付けて、シャツにぎゅうっとしがみついてくる。
なんでもないのに、めぐむは泣く。声は出さない。ただしがみついて、一人で耐えるように、泣くのだ。
「なんでもないなら、泣くな」
小さな頭を抱えて、落ち着かせるように撫でた。呼応するように、めぐむは俺にしがみつく。
りんりん、と虫が鳴く。月明かりは無音なはずなのに、しん、と染み出る静けさで、そっと俺達を包み込む。
こんな綺麗な夜には、どうしてか。涙が出そうになる。
「めぐむ」
「…………」
「俺が、いるから。大丈夫」
何が大丈夫なのか、根拠はどこにもなかった。それでも、なお、そう言わなければめぐむが消えてしまいそうに儚かったから。
俺はめぐむの何も知らない。素生も、生涯も、過去に何があって何を背負って何が起こるのかも知らない。
それでも、今ここにある腕の中の体温だけは、はっきりとわかる。
「うん……」
安心したように、めぐむがほぅ、と息を吐く。
二人きりの静かな夜が明けたら、空が明るい朝が来る。木々は太陽に伸びて、動物たちは賑やかに目を覚ます。月はそっと沈んで、次の夜まで一眠り。
どうか、良い夢を見れますよう。祈りを乗せて、そっと目を閉じた。
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