それでも優しい恋をする | ナノ


5  




 夕方になっても、陽がまだ高い。着々と夏が巡ろうとしていた。
 俊太はポケットに携帯電話を突っ込んで、最寄り駅に来ていた。けんちゃんから誘われたカラオケを断ると「本当、今日変だぞ!?」と驚かれた。
 自宅までは、学校の最寄り駅から二駅行ったところだった。駅はいつも使っているけれど、学校があるのは南口で、ほとんど北口に行くことはなかった。学校から歩いて五分の駅に着いて高架を渡り、北口へ降り立った。
 賑わいで言うと南口の方が勝っていて、北口は住宅が広がり静まっていた。『ツバキ屋』と看板が掲げられたパン屋は、すぐ目の前にあった。
 小さなパン屋だった。壁はレンガになっていて、洋風な佇まいだった。入口は硝子の引き戸になっていて、引くとちりんとベルが鳴った。

「いらっしゃ……あ」
「ども〜」
「昼間の子、だよね」

 カウンターにいたのは、ポニーテールの女性だった。
 パンはすでにほとんど売れてしまっているらしく、店内のパン籠は寂しい様子だった。

「何か買いに来てくれたの」
「や、これ、あの子のかなって」
「あ!」

 携帯電話を差し出すと、女性は驚きの声を上げて受け取った。

「いつの間に落としたんだろ。ありがとうございます」
「今、いないの?」
「あ、ちょっと買い物出てて、もうすぐ戻ってくると思うけど」

 言った途端、ちりんと入口のベルが鳴った。振りかえると、まさに「あず」が入って来るところだった。膨らんだビニール袋を片手にぶら下げていた。
 あずは俊太の顔を見て、あ!と言うようにぱぁっと笑った。
 やっぱり、可愛い。

「あず、これ」

 女性は言いながら携帯電話を差し出すと、あずは驚いたように目を見開いて、ぱたぱたと身体中を叩いていた。今まで落としていたことに気付いていなかったらしい。

「拾ってくれたんだよ」

 両手で女性があずに伝えると、あずは携帯電話を受け取って俊太に向き直った。左手を伏せて、右手で礼を切る。『ありがとう』と言われているのだと気付いた。

「そうだ、良かったらお茶していかない?」
「え」
「お礼」

 口と手で女性は会話をする。まだそのイレギュラーな感じに慣れずにいると、あずが俊太の手を掴んで軽く引いた。

「私はまだお店あるけど、あずはもう上がりだから」
「……でも俺、」
「筆談とか、スマホの画面見せるとかで大丈夫」

 俊太の言葉を汲み取って、女性は笑った。

「良かったら、あずの友達になってよ」


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