結局、あまり授業をサボる気になれず、休み時間に入ってから教室に戻った。
「お、珍しいじゃん。さっき課題出たけどお前には教えてやらねぇ」
「ひどぉい、けんちゃん」
「そのメロンパンを献上すれば教えてやらんこともない」
「やだよ、これは俺と真知子さんの愛の結晶なの」
一番の親友の、けんちゃんこと湯川健一がガタガタと椅子を動かして俊太のもとにやってきた。暑いのか前髪をピンで上げていて、広いおでこが丸見えだった。
さっき食べられなかったメロンパンに齧り付きながら、片手で携帯電話を弄った。
「何そのガラケー。久しぶりに見たわ」
「けんちゃん、ツバキ屋ってパン屋知ってるー?」
「あ?お前食ってんのツバキ屋のだろ」
「じゃなくて。お店の場所」
携帯電話はロックがかかっていて、どこかに電話をかけようとも何もできなかった。ストラップは持ち主を連想させるように、リアルなクロワッサンがぶら下がっている。携帯の裏側には丁寧にも『椿谷 あず』と名前シールが貼ってあった。十中八九、あの少年が落としたものだろうと予想がついた。
「駅前になかったっけ。北口」
「ふぅん」
「……あっ、スマホで調べるくらいなら最初から聞くなよっ」
検索をしたら、本当に駅の北口にあった。写真を見る限り、小さなパン屋のようだ。地元で愛されている、と言った感じがする。
あず、と呼ばれた少年のことを思い出していた。
「……いやいや、ないわ」
「変なやつだとはいつも思ってるけど、今日は一段と変だな」
「うるさいなぁ」
ズココ、と最後の苺ミルクを飲み干した。
本当に、ありえない。非生産的で面倒くさくてダサすぎる。それでも、俊太はメロンパンを食べながら、スマホで動画検索をかけた。
口の中にメロンパンの甘さが広がる。あの時の、あずの笑った顔。ばいばい、と動いた小さな口。柔らかい髪の感触。思い出して、メロンパンと一緒に飲みこんだ。
チャイムが鳴って、次の授業が始まった。古典だった。俊太は構わずスマホにイヤフォンを差し込み、延々と動画を見続けた。
「おい、中園、授業聞けー。……って、聞こえてないのか」
堂々たる様子が逆に怒る気を失くすらしく、先生はそう言うだけで黙認した。
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