駅とは反対側に、大きな川がある。遠回りになるけれど散歩には良いだろうと、涼を求めて河原へ向かった。学校帰りの生徒をぐんぐん追い越して、自転車は街を抜け、風通しの良い河原へ着いた。この暑い中でランニングをする人、犬の散歩をする人とすれ違いながら、俊太は目の前から風を受けた。
あ、このままじゃ会話が出来ないな、と思ったのはつい今しがたで、河原をぐるっとしたら駅に戻ろうと考えた。
『しゅん』
「なにー?」
背中に大きく書かれたのは、自分の名前だった。反射的に返事をしてしまったけれど、あずには聞こえない。後ろを振り向こうにも危うくて、あずのするがままにさせた。
『しゅん』
空がずっと遠い。川には釣りをする中年男性の姿や、水着を着た子どもとそれを見守る親がいた。生い茂る緑がずっと眩しくて、鮮やかで、あぁ、夏だなと不思議な清涼感に空を見上げた。
ガキのような青春の一ページを、今捲っていると感じる。
『しゅん』
とん、と背中に衝撃があったのは一瞬だった。あずが俊太の背中にしがみついたまま、額を寄せたのだとわかった。たったそれだけに心臓がどきりと高鳴った。
背中にあったあずの小さな手が、ゆっくりと前に回ってきた。お腹にしがみつかれるようにされて、背中にあずの熱さを感じた。
会話は、なかった。ただ、あずがしっかりと俊太にしがみつくから、そこから言葉が滲み出るようで、ペダルを漕ぐ足を止めることが出来なかった。
どういう顔をしていいのかわからない。夏の暑さのせいではない、顔に熱があがってくるようで、額に滲んだ汗を手の甲で拭った。
「…………」
あず、今、何考えてる?
言葉を紡ぐ大事なあずの手が、今はしっかりと自分を掴んでいる。すべてを預けられたような愛しい気持ちになって、また少しだけ、遠回りをした。
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