それでも優しい恋をする | ナノ


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 俊太の昼寝場所は決まっている。購買の脇から続いている渡り廊下を進み、西棟に渡った一階の一番奥。今は使うことがほとんどない、社会科資料室だった。鍵が壊れていることは周知だったが、特に盗られて困ることもないので、放置されている。
 パンが入った袋をカサカサ言わせながら、俊太は渡り廊下を進んだ。東棟と西棟に囲まれている中庭が見ながら、ストローをがじがじと噛んだ。
 中庭の中央には石に囲まれた池があり、その周りには緑が生い茂っていた。立ち寄る生徒はほとんどいない。時々、剪定のおじさんが作業着姿で入って行くくらいだった。

「……あっちぃ」

 もうすぐ、夏だ。
 夏休みまで一カ月を切った。けれど、所謂進学校のここでは、夏休みとは名ばかりで、二週間ほど補講が入る。高校二年生の俊太もそれに参加せざるを得ない。
 夏休みが明けたら、本格的に進路を決めなければいけない。三年生になると理系クラスと文系クラスに分かれ、そこからまた大学別にクラスが分かれていく。成績が中の中の俊太には、特にやりたいことも、行きたい大学も決まっていなかった。
 あとから後悔しても遅いんだからな、と腕組みしながら二者面談で言ったのは、担任のなべちゃんだった。なべちゃんは体育の教師らしく暑苦しいくせに、あまり煩くない。そういうところが好きだった。
 楽しく生きていければいいんじゃないの、と苺ミルクを啜った。

「……ん〜?」

 もうすぐ西棟に入るところで、足が止まった。中庭の端っ子に、人が座り込んでいた。背中を丸めて地面を見ていて、私服の小柄な様子に、子ども?と首を傾げた。

「なーにしてんのっ」

 迷い込んできたのか、と上履きなのを気にすることなく中庭に下りた。子どもは好きだ。声をかけてもその子は顔を上げなかったけれど、数歩近付くと、ようやく気付いたように首を上げた。

「あら」

 大きな目をした少年だった。小柄だけれど、思ったよりも子どもではなさそうだった。俊太と同じくらいか、少し下くらいかで、俊太の顔をきょとんとした顔を見上げていた。

「どこの子?」

 私服姿ということは、生徒ではないようだった。ティーシャツとジーンズに、何故かエプロン姿のその少年の隣に座り、目線を合わせた。
 エプロンに、カタカナの名前が入っていた。見たことがある気がする……と記憶を辿って、購買で売ってあるパンの袋に印字されている、パン屋の名前だと気付いた。

「パン屋さん?」

 購買では毎朝業者が入り、商品を仕入れていた。そこのパン屋の子なのかもしれない。
 俊太が聞くけれど、少年はきょとんとしたまま首を横に傾げた。

「それ。パン屋さんなんでしょ」

 店名が印字されているエプロンの胸元を指さすと、少年も目線を下げた。

「!」

 お、と声が漏れそうになった。
 嬉しそうに、少年はにこぉ、と笑った。大きな目が垂れさせて、こくこくと頷いた。
 何この、可愛い生き物!


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