チャイムを鳴らすと、足音で玄関の前まで誰かが来たのはわかったが、なかなか扉が開こうとはしなかった。しばらく間があって、少しだけ扉が開いた。
『しゅん?』
あずだった。きょとん、と不思議そうな顔をしているので、そうだったと遅れて気付いた。
髪、黒くしたんだった。
『びっくりした』
玄関の覗き穴から俊太の姿を認めたものの、一瞬誰かわからなかったらしい。あずがつんつんと髪を指差すから、俊太は苦笑した。
「……あれ」
勧められるがままに家の中に促されたが、リビングには誰もいなかった。ただキッチンからカレーの良い匂いが漂っていた。
『ゆりと、お父さんは?』
てっきり一緒だと思っていた。少々の会話なら出来るようになった俊太は、思い出しつつ手話を使った。
『今日は出掛けてる』
あずが手話で返してくれたけれど、俊太には理解できなかった。頭を掻きながらスマホを渡すと、あずは苦笑しながら文字を打ってくれた。
あぁくそ、悔しいな、とこっそり唇を噛んだ。
カレーはあずのお手製だった。料理も結構するらしく、普通に美味しかった。
食べ終わってから、一緒に片付けをした。あずが水洗いをし、俊太が拭く。俊太にはしん、とした空気がいまいち慣れなかったけれど、あずにとってはこれが当たり前の世界なんだと不思議な気持ちになった。
なんとなく帰るタイミングを逃して、二人してリビングに戻った。自然と手話の勉強会になり、本を広げながら両手を動かした。あずの小さな手が俊太の手を握り、形を教えていった。視界の端に小さな後頭部が見えて、俊太は落ち着かなくなる。
ふと、あずが俊太の髪を見上げて、ふわふわと撫でた。首を傾げると、ふふ、と笑いながらペンをメモ帳に走らせた。
『はちみつみたいな髪って思ってた』
黒いのも似合う、と続けられ、そうかなと頭を掻いた。
学校ではもちろん爆笑され、先生には期待の眼差しで見られ、独り歩きをする噂をさらに加速させた。
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