「ゆーへいくんは、あずのこと好きなんだろ」
「……好きっつーか」
「そうやって濁すから取られんだろ」
「っ……まだ取られてないっ」
ぎゅっと拳を作った悠平の腕に、程良い筋肉が浮いた。
「俺は、こんなんだから、先輩が、羨ましい」
「俺?」
「あずとは、ガキの頃から一緒にいるんです。俺とは兄弟みたいな感じにしか、あずは思ってない」
「…………」
「あずは、先輩と一緒にいると楽しそうにする……。そうやって、おしっ……押し倒し、たり、そういうことを平気で出来る先輩が、ちょっと、羨ましいって思う」
あぁ、こいつは本気であずのことが好きなんだな、と眩しいものを見るような気持ちで、俊太は目を細めた。そんな純粋な気持ちはどこに置いてきたのか。その段階を俊太はずっと昔に踏んで、今はもう、すっかり忘れてしまっていた。
「羨ましい、ねぇ」
「なんだよっ」
好きだなんて自覚は、正直まだはっきりとはなかった。手を出そうとして出せなかった。そこに踏み込んではいけない純粋さを見て、自分の汚さに嫌気がさして、触れてはいけない領域があるのだと言うことだけは知った。
それが、好きという気持ちなのかどうか、俊太はもうわからないほど経験を積んでしまっていた。あずがあんまり真っすぐだから、中途半端な気持ちで手を出してはいけないということだけはわかった。
そこに向き合うだけの覚悟を、俊太はまだ、持てずにいた。
「それ、こっちの台詞なんだけど」
悠平はそれだけの覚悟を持っている。自分の色に染めたいという汚い感情ではなく、単純にあずが好きだという真っすぐな気持ちだけで、あずと向き合っていた。
食事の間、複雑な気持ちだった。あずと滞りなく手話で会話する悠平に、俊太は苛立っていた。自分はまだ、あずと会話すらままならない。それが堪らなく悔しくて、机の下で拳を握っていた。
「俺は、お前が羨ましいよ」
口角を上げて意地悪に笑うと、対して悠平ははっとしたような顔をした。
「……やっぱ、先輩には負けたくないっす」
「はっ、負ける気しねぇけど」
まだ、好きという気持ちはわからないけれど、とりあえず。あずの笑った顔が見たい。あずの傍にいたい。その気持ちだけは嘘ではないなと、はっきり自覚した。
どちらからともなく吹き出した。馬鹿みたいだった。あずという存在たった一つに、ここまで感情が振り動かされていた。
「お前、馬鹿だよな」
「先輩こそ」
「まぁ、否定はしねぇよ」
思ったよりも、こいつ良いやつかもしれない。柄にもないことを考えて、生意気なことを言う悠平の頭を叩いた。
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