それでも優しい恋をする | ナノ


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「くっそ、あいつ腹立つ」

 言いながら机の上に鞄を乱暴に置くと、少しすっきりした。遠くの席でゼリー飲料を飲んでいたけんちゃんが目敏く俊太の姿を見付けた。

「珍しく苛立ってんな。そして珍しく早起きだな。いつも遅刻ぎりぎりのくせに」
「そういう日もあんの」
「ほんと昨日から変だぞ。何かあった?」

 俊太の前の席に座り、片手でゼリー飲料を握りつぶしながらけんちゃんはさも気にしていない風に言った。

「べっつに。あ、風間悠平って知ってる?一年」
「風間?……あー、野球部のルーキーとかって聞いたことあるけど」
「へぇ」
「次期主将候補とかなんとか」

 結構すごいやつじゃん、という素直な意見を頭の片隅に追いやり、ポケットの中で震えたスマホを見た。
 あずからだった。

『パン、美味しかった?』

 あずとはメールアドレスを交換した。今のご時世、高校生が使うものはラインが主流だったが、ガラケーのあずはまだメールユーザー。久しぶりに見るメール画面に、ええと、と戸惑いながら返信を作った。
 あず、もといゆりから貰ったパンは、昼飯用にとまだ食べてない。

『朝からお疲れ様。うまかったよ!』

 送信して画面を閉じ、送ってしまった後なのにもやもや考えた。
 いつから嘘が上手くなったんだろう。世渡りをするために、「こういう事実のほうが相手がよろこぶ」なんて嘘の付き方を自然にするようになっていた。

『嬉しい(^o^)』

 拙い、あずの返事にぐっと胸が詰まる。あずは本気で俺がパンを食べたと思い、本気で嬉しいと感じている。またあのにこにこ顔が思い浮かんで、画面を閉じた。
 『色んなことをまだ、知らないんです』。悠平の言葉が浮かんで消えた。言われたそのままの意味だと理解していた。あずはまだ、色んなことを知らない。
 このタイプは知っている。あまり近付かないほうが良いタイプだ。こちらの嘘にまみれた善意を、そのまま受け取るタイプ。
 正直、面倒くさい。深いところまで関わると面倒なことになるのは、経験則が告げている。もう、関わらないほうが良いだろうな、とスマホを机に置いた。
 昨日会ったばかりの、あずが一人いなくなったくらいでマイナスなことはない。顔は可愛いから遊んでやろうと思ったけど、やめた方が良い。計算的な人付き合いしか、俊太はしてこなかった。

「けんちゃん、放課後遊びいこー」

 頭の中から、あずの笑顔を消した。


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