花が待つ雨 | ナノ


6  




 俺たちはそのまま、一緒の傘に入って歩きだした。どちらが誘ったわけでもなかった。林道を上って、忘れられたようにひっそり建つ、神社に入った。そこは木々に囲まれていて、近くに小さな川もあり、涼しいのだ。幼い頃は夏祭りが行われていたが、今はもう、それほどの活気はないらしかった。そこには誰もおらず、社殿の突きだした屋根の中に入り、縁に座った。雨は次第に止んできた。
 男の名前は、薫と言った。偶然にも俺と同い年のようだった。彼もまた、俺の性質に気付いた。

「僕と同じなんだ」

 薫は嬉しそうに笑った。それがとても楽しそうにも見えるので、俺はいたたまれなくなった。

「どうしてそう、楽しそうなんだよ」
「どうしてって。一緒なら、嬉しい」
「嫌だと、思ったことはないのか」

 薫は一瞬きょとんとして、また笑った。馬鹿にされたような気がして、俺はそっぽを向いた。

「だって、仕方がないじゃないか」

 脚をぶらぶらとさせながら、薫は遠くを見た。そうして、ゆっくりと話し始めた。
 薫が花に好かれたのは、やはりあの祠でのことだったと言う。俺と同じく祖父母の家がこの町にある薫は、小さな頃から長期休みになるとこの町を訪れていた。遊んでいると、俺の祖母の家がある高台まで迷い込んでしまったらしい。そこで、その祠と出会った。
 祠には、牛乳瓶に小さな花が一輪差さっていた。その花は誰にも気付かれないように、ひっそりと枯れてしまっていた。薫はそれを見て、途中で通った道に咲いていた野花を思い出し、道を引き返してはそれを摘んだ。新しく牛乳瓶に差して、坂を下りたのだという。
 その日から、薫は花に好かれるようになった。転んで怪我をして泣いてしまったとき、落ちた涙から花が咲いた。それらは身体に落ちても害はなく、土でもコンクリートでも、地面に落ちたときだけ生まれるらしかった。

「最初は戸惑ったし、気持ち悪がられた」

 そういう薫は、けれど落ちこんだ風には見えなかった。理不尽の行方を、彼は知っているのだろうか。

「でも、それだけ。きっと知らない誰かは、僕に素敵なプレゼントをくれて、それは僕に
とっては合わなかった。たった、それだけ」

「……だったら、もう、逃げ場がないじゃないか」

 良いことをしても、悪いことをしても同じなのだ。理不尽はどこまででも追いかけてきて、理不尽な不幸を降らせる。だったらもう、逃げ場はなくて、俺はどこまでも苦しかった。

「そうだね、逃げ場はないね」

 生きることは、理不尽だらけだ。だから生きることは、とても、辛かった。
 薫は何でもないようにそう言うから、俺は地面を睨むことしかできなかった。
 俺は薫を、嫌いだと思った。


prev / next

[ list top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -