あと、二日。
「おばあちゃんは、一人でずっとこうやって過ごしてて、虚しくならない?」
その日、おばあちゃんにそう聞いた。庭の草むしりを手伝っているときだった。まだ雨雲は遠く、照りつける日差しが暑かった。おばあちゃんの麦わら帽子を借りて、木の根元にびっしり生えた雑草を抜いていた。
おばあちゃんは、自然のままに生活をしていた。陽が照れば田畑の世話をしたし、雨が降れば家の掃除をしたり、時には友人と遊びに行ったりした。何も生まれない生活だった。ただ生かされている生活だった。それが俺には理解が出来なかった。
何のために生きて、何のために死ぬのか、俺にはわからなかった。
「虚しい?」
「生産性がない。何のために、って、思わない?」
草むしりは思ったよりも重労働だった。根元が深い草には、スコップを突き刺して、土ごと掘り返さなければいけない。額を垂れそうになった汗を、手首で拭った。
「理由がないと、落ち着かないんだねぇ」
隣で、俺に背を向けてしゃがんでいたおばあちゃんは、そう言った。おばあちゃんの手は軍手もなく、土で汚れていた。
「理由がなくたって、いいと思うけどねぇ」
いつもののんびりとしたような口調だった。俺は理解できなかった。理由がないと、意味がないと思った。理由や目的がなければ、生きる意味がない。
「誰かと比べることができるから、いろんなことを知りすぎてしまったから、見失ってしまうんだろうねぇ。本当は誰にだって、理由はないんだから」
おばあちゃんは抜いた雑草を一か所に集めて、ぱんぱん、と手についた土を払った。買い物に行ってくると告げて、庭から出て行ってしまった。俺は一人庭に残って、草むしりを続けた。
おばあちゃんの言葉を反芻していると、段々むかむかしてきた。理由を見つけなければ、そこに居てはいけないような気がしていた。そうでないと生産性がなくて、意味もなかった。俺はもう生きていく理由を見失っていた。おばあちゃんのように、あるがままに生きていく方法も、理由ももたなかった。それは俺にとっては難しくて、気が狂いそうな毎日だった。
理由を見つけて、誰かに肯定されたかった。
隣あった玄関の引き戸が開く音がした。おばあちゃんの足音が遠ざかっていく。買い物をして、ご飯を作って、食べて、お風呂に入って、寝て。明日のことは考えず、明日になって生きていく。そんな生き方が、俺には到底できなかった。
抜いた雑草をそのままに、スコップを土に突き刺した。掘り返して解れた土に、深々と突き刺さった。軍手を脱いで、その場に投げ捨てた。
庭と玄関を遮る竹の仕切りを抜けて、祠の前に出た。林道の近くまで来て、蝉の声が一層大きく聞こえた。
「おい」
目の前にあるのは石の塊なのに、それだけ言葉を発するのに勇気がいった。一言言ってしまうと、なんだか箍が外れたように緊張感はなくなった。
「お前のせいだろ。お前が、俺に雨をよこしたんだろ」
祠はしんと黙ったままで、当然何も反応しなかった。それがやけに頭にきて、土台の石を蹴った。固かった。祠はびくりともしなかった。
「お前のせいで、お前のせいで」
誰かに見られたら変なやつだと思われるだろう。けれどそんなことはどうでも良かった。どこにも行く場所のない怒りをぶつけられるのは、ここしかなかった。後に残るのは虚しさだけだと、分かっていても止められなかった。
「俺は、雨になんて好かれたくなかったよ」
誰がそんなことを頼んだ。俺が望んでいた生き方は、こうじゃなかった。
俺は忘れてしまっても構わなかった。知ったこっちゃなかった。俺は俺のやり方で、生きていきたかったのだ。
悔しくて、なんだか悲しくて、石を蹴るのをやめた。今しがた蹴っていた石をじっと見つめていると、ぽつぽつ、と雨が落ちて来て、濃い色に染められていった。随分と外に出ていたせいだろう。
もうどうでも良かった。自分のせいじゃないどこかで、自分が苦しめられるのは十分だった。それを何かのせいだと責任を被せられれば良かったのに、それが出来なくて、余計に苦しかった。
うまくいかないことばかりだ。
生きることは、いつだって苦しかった。
「降ったね」
雨の音が変わった。ぼつぼつと雨を弾くビニールの音になっていた。十分濡れてしまった俺に差された傘は、もう意味がなかった。けれど薫は、嬉しそうに笑った。
「あんたが降らせたんだね」
花の匂いがした。雨の匂いに負けない、花の匂いがした。
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