きこえる | ナノ


8  




 喉に力をいれるとちりっと痛んだ。息を吸って、吐く。口から漏れるのは、熱い息だけだった。
 聞こえるよ、と熱に浮かされたように、佐伯さんは呟いた。思わず喉元を押さえた。控えめな喉仏を指でつまんで、力を入れる。
 聞こえる。
 本当は、話しても、良い?

 僕の、僕の言葉を、話しても良い?

 綺麗な音を作る人だから、僕の声は醜く聴こえてしまうだろう。
 それでも、聞いてくれるとわかっている。
 
 言いなりのように、生きてきたから、たった一度だけ許して欲しい。
 ど、ど、そ、そ、ら、ら、そ。
 流れ星は見たことはないけれど、そっと空に祈る。
 今だけは、許して欲しい。

「、さ………え、さ……」

 僕の声が、届くうちに。

「さ……き、さん」
「うん」

 そっと、言葉を紡いだ唇に、温かいものが触れた。一瞬離れて、目の前に泣きそうに笑う佐伯さんが見える。
 あなたはいつだって、僕を優しい目で見る。
 こんなに掠れて汚い声も、あなたはいつだって、綺麗な音に変えてしまう。

「さえ、き、さん」
「うん」

 僕が紡ぐたびに、佐伯さんは僕の口を自分のそれで塞いだ。まるで声を吸い取ってくれているようだった。
 涙だけが、流れるのがわかった。僕はずっと、願っていたのだとようやく知った。
 僕の言葉は、僕のものだ。
 誰にも、渡さない。

「さえき、さん、」
「うん、なぁに、朔くん」

 今だけは、僕の言葉だ。

「す、き、です、すき、なんです」

 佐伯さんは、僕の声を吸い取った。何度も重ねて、吸い取って、飲み込んで、言葉も息も、佐伯さんに奪われた。
 その支配だけは、父さんにすらされたことはなかった。

「聞こえる」

 透明の涙が、佐伯さんの頬を伝った。
 
「すき、さえき、さ、すき……」
「うん、聞こえたよ、ちゃんと、朔くんの声」

 わからない、溢れだす感情があった。どう形容していいのかわからないので、ただ回数を重ねて溢れさせた。そうしないと、いっぱいになって、苦しくなりそうだった。
 僕の言葉を佐伯さんは何度も受け止めた。

「俺も、好きだよ」

 僕の言葉の先にいる気持ちは、僕にも、聞こえた。


prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -