きこえる | ナノ


23  




「っ……」

 いやだ、と思った。けれど抵抗する力も声も僕にはなかった。
 腰の傷痕を舐めていた父さんの吐息が、するすると上に上がってきた。肩に唇を押し付けられて、じゅ、と吸われる。
 ちり、と痛んだ。

「……相変わらず、ほっせぇな」

 ぽつりと言葉を漏らされ、肩から上着をかけられた。何があったのかわからない。ぼんやりとしていると、ソファに座る父さんの膝の上に座らされ、向かい合わせになった。

「怖かったか?」
「…………」

 怖かった。何をされるかわからない、そんな恐怖だった。

「ごめんな」

 ふわ、と抱き締められた。
 額に、瞼に、耳にキスをされた。首筋を撫でる手は優しく、舐めるようだった。
 父さんからこんなことをされるのは初めてだった。だから戸惑った。からかうようなそれなのか、愛情を与えるそれなのか、判別もつかなかった。

「朔」

 怖いことをされるかもしれない。また、痛い思いをするかもしれない。
 父さんにとって僕は格好の餌食で、今だってそうしようと思えば、すぐにだって痛めつけることだってできる。
 でも、父さんはそうしなかった。ただ優しい言葉をかけて、謝り、抱き締めてくれていた。

 あの時の父さんは、もう、いなくなってしまったの?

「朔」

 優しい声だ。もう、あの時の父さんとは違う。
 綺麗な男は、綺麗に笑う。
 肩にかけられたままの上着が、ぱさりと落ちた。僕の筋肉の全くついていない貧相な身体を、父さんはまじまじと見つめる。

「っ……」

 肋骨の浮いた肌を撫で、そこに唇を這わせていった。
 くすぐったさと、少しの恐怖と、不思議な感覚と。父さんは僕が抵抗しないようにか、両腕をきゅっと握っていた。

「朔、嫌?」

 嫌だ、嫌に決まっている。
 それでも、僕は抵抗しなかった。
 今の父さんは、ずっと優しい。

「いい子だな」
「っ」

 息が詰まった。首筋にちゅ、と唇を這わされた。
 どうして父さんがそんなことをするのか、もう考えてもわからなかった。
 ただ、解されるように、懐柔されていくのだけは感じていた。
 それほどまで、僕は父さんに愛されたかったのだ。


prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -