きこえる | ナノ


22  




 父さんはずっと優しくなっていた。
 これまで怯えていたのが嘘のように思えた。もしかしたら今まで怯えていた、あの思い出したくもない過去は、僕が見ていた夢なのかもしれない。

 ココアを飲みほしたマグカップを下げ、父さんは僕の隣に座った。
 大きな手が僕の目の前に伸びて、頭を撫でられる。
 若く、綺麗な男がそこにはいた。この人は、歳をとることを知らない。
 僕の父さん。僕は、その秘密を知っている。

「朔、俺が怖いか?」

 父さんは静かに問いかけた。僕は小さく首を振った。
 怖くなかった。優しかった。撫でられた頭からじわじわと魔法がかけられたように、甘く痺れていった。もう何も考えられない。
 こうあって欲しかったと願う父さんが、もう目の前にいた。
 僕はずっと、父さんに愛されたかったのだ。

「いい子だな」

 父さんは僕を抱き締めた。頭から首、背中に手が伝って、その大きな手はするりと僕の服の裾に入りこんできた。
 背中に残る傷痕を指でなぞられて、ぞくりと背筋が痺れた。

「痛いか?」

 もう、痛くはなかった。

「痛かったか?」
「っ………」

 ぎ、と傷痕をつねられた。皮膚のひきつる感触に、息が詰まる。
 ぞっとした。記憶が次々と思いだされた。呼吸を忘れたように、息がしづらくて苦しい。
 もう、痛いことは嫌だ。痛みは、恐怖だった。
 僕は身体を動かすことを忘れて、父さんの手の動きにされるがままになっていた。着ていたシャツの、前のボタンをゆっくりと外された。どうしてそうされるのかわからないけれど、頭は混乱して何もできなかった。身体を震えさせることしかできなかった。
 上半身が空気にさらされて、ぐい、と後ろを向かされた。父さんに背中を見せる形になり、怖くて腰が引けた。父さんは今、煙草は吸っていない。

「そんなに、怖いか」

 つつ、と傷痕を指先で辿られる。吐息が傷痕にかかったかと思うと、生温かいものに包まれた。舐められているのだと、一瞬遅れて理解した。
 嫌だった。どうしてそんなことをされるのかわからなかった。けれど抗っても父さんには叶わないとわかっていた。だったら大人しくして、事が終わるのを待つしかなかった。
 ソファの肘かけにしがみついて、背中を伝う舌の感触に耐えた。


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