父さんはずっと優しくなっていた。
これまで怯えていたのが嘘のように思えた。もしかしたら今まで怯えていた、あの思い出したくもない過去は、僕が見ていた夢なのかもしれない。
ココアを飲みほしたマグカップを下げ、父さんは僕の隣に座った。
大きな手が僕の目の前に伸びて、頭を撫でられる。
若く、綺麗な男がそこにはいた。この人は、歳をとることを知らない。
僕の父さん。僕は、その秘密を知っている。
「朔、俺が怖いか?」
父さんは静かに問いかけた。僕は小さく首を振った。
怖くなかった。優しかった。撫でられた頭からじわじわと魔法がかけられたように、甘く痺れていった。もう何も考えられない。
こうあって欲しかったと願う父さんが、もう目の前にいた。
僕はずっと、父さんに愛されたかったのだ。
「いい子だな」
父さんは僕を抱き締めた。頭から首、背中に手が伝って、その大きな手はするりと僕の服の裾に入りこんできた。
背中に残る傷痕を指でなぞられて、ぞくりと背筋が痺れた。
「痛いか?」
もう、痛くはなかった。
「痛かったか?」
「っ………」
ぎ、と傷痕をつねられた。皮膚のひきつる感触に、息が詰まる。
ぞっとした。記憶が次々と思いだされた。呼吸を忘れたように、息がしづらくて苦しい。
もう、痛いことは嫌だ。痛みは、恐怖だった。
僕は身体を動かすことを忘れて、父さんの手の動きにされるがままになっていた。着ていたシャツの、前のボタンをゆっくりと外された。どうしてそうされるのかわからないけれど、頭は混乱して何もできなかった。身体を震えさせることしかできなかった。
上半身が空気にさらされて、ぐい、と後ろを向かされた。父さんに背中を見せる形になり、怖くて腰が引けた。父さんは今、煙草は吸っていない。
「そんなに、怖いか」
つつ、と傷痕を指先で辿られる。吐息が傷痕にかかったかと思うと、生温かいものに包まれた。舐められているのだと、一瞬遅れて理解した。
嫌だった。どうしてそんなことをされるのかわからなかった。けれど抗っても父さんには叶わないとわかっていた。だったら大人しくして、事が終わるのを待つしかなかった。
ソファの肘かけにしがみついて、背中を伝う舌の感触に耐えた。
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