きこえる | ナノ


21  




 たん、たたん、と電車は一定のリズムで走った。満員とは言わないものの、満席となった電車の中、ドア付近に立ったまま僕は流れて行く外の景色を見ていた。
 外はまだ明るい。良い天気だった。
 隣には、父さんがいた。吊革でも余る長身から伸びる腕は、天井付近の手すりを掴んでいた。
 僕には受け継がれない身長差を改めて見せつけられた。

「次、降りるぞ」

 耳元で言われ、こくりと頷く。

 僕は、父さんの家に向かっていた。
 握られた右手はずっと痺れたみたいに、感覚がなかった。父さんはずっと優しかった。気付いたら背中の痛みはなくなっていた。今までの出来事がまるで嘘だったかのように、父さんは僕に優しかった。
 もう、嘘か本当かもわからなかった。頭は催眠にかかったように、ぼうっとしていた。
 ただ一つ、縋るように、父さんについていった。
 酷いことをされるかもしれない、また痛いことをされるかもしれない、なんて意識はどこかに飛んでいた。ただ一つ、僕の身体を動かしていたのは、優しくなった父さんの手だった。
 愛されたいと、どこかで縋るように願っていた。

 最寄りの駅から電車で三駅。近いようで遠いような、そんな場所に今父さんは住んでいた。駅から歩いて十分ほど。静かな住宅街にあるマンションの一室に、僕は辿り着いた。
僕と父さんが一緒に住んでいたところとはまた違うところだった。もしかしたら今まで転々としていたのかもしれない。
 一人で住むには広すぎるような部屋だった。男の一人暮らしと言っても不自然なくらい、そこは綺麗に整えられていた。父さんはこう見えて昔から綺麗好きだった。
 女の影は、見えなかった。

「綺麗にしてるだろ」

 入れ、と後ろから背中を押された。一歩玄関から進むと、後ろでドアの鍵が閉まったのがわかった。家に入ったら鍵を閉めるのは当たり前だ。
 父さんは僕をソファに座らせ、自分はキッチンに立った。しばらくして、温かいココアを差し出された。
 ココアなんて、父さんが飲むのか。もともとあったものなのか、それとも、誰かのために買っていたものなのか。
 一口飲んだそれは、いつの間にか冷えてしまった身体には温かく染みわたった。

「美味しいか」

 問われて、こくりと頷いた。父さんは嬉しそうに笑った。


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