「迷惑だなんて、思っていません」
『……朔くんは、今寝ていると言ったね』
「?……はい」
電話の向こうで、マスターが少しだけ笑うのがわかった。
『気を失ったりすることは別として……朔くんは、人前じゃ絶対に眠らない子だったんだよ。自分が無防備になるのが、怖かったんだろうね。いつ、誰に何をされるかわからない状態が、怖かったんだろうね』
「……でも」
『うん、今、朔くんは眠っている。私の前でも、眠ったことはなかったよ。短い間一緒に住んだけれど、必ず鍵をかけた部屋に一人にならないと、眠れなかった』
それは、自惚れても、良いのだろうか。
『朔くんは、颯太くんが思っている以上に、君を頼っていると思うよ。本人の自覚があるかはわからないけれど……心を、許していると思う』
「っ…………」
『だから、万が一にも、億が一にもないと思うけれど、君だけは朔くんを裏切らないで欲しい』
朔くんが心を許してくれるほど、何か特別なことをしたつもりはなかった。何がそんなに朔くんを溶かしてくれたのか、見当はつかない。
けれど、必死にしがみついてくる腕があった。握り返してくれる手があった。腕の中で小さく震える身体があった。大きな目から流れた涙と、音にならない声があった。
すべて、俺だけに向けられたものだった。それを迷惑だと、面倒だと思ったことはなかった。単純に、嬉しかった。
同情一つで厄介事に顔を突っ込むほど、慈愛にまみれた人間ではない。
すべて、俺がそうしたいと思ったからしたのだ。
すべて、朔くんを想った。
「はい」
誓いではない。確信に似た覚悟だった。
自分の気持ちに知らんぷりをするほどの余裕はもうない。
「そこにいたのが俺だったからじゃないです。……俺が、守ってやりたいんです」
この感情の名前を、俺は知っている。
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