きこえる | ナノ


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『そう、朔くんのお父さんが』

 朔くんがソファでうたた寝をしている間、マスターに電話をいれた。事情を良く知り、対処法もわかっている一番の理解者だからだ。

「家の前で待っていたみたいです。そこで何かされたのかは、聞けてはいません」
『居場所は教えていないだろうから、何か手を使って、朔くんの家まで辿り着いたのだろうね』
「だと思います。朔くんも動揺していて……というより、かなり怯えています」

 電話をしているキッチンから、ちらりとリビングを覗きこむ。ソファの上で小さく丸まって朔くんは眠っていた。まるで猫のようなそれに、少しだけ安心する。

『うん、驚いただろうね。しばらく……家に帰らないほうが良いかもしれない』
「俺の家に泊まらせたままでも構いません」
『本当かい?それなら朔くんも安心だと思う。仕事も、落ち着くまでは休ませよう』

 それからマスターは、以前会った医師の高田さん、朔くんがカウンセリングを受けている精神科医の連絡先や、行きつけの病院などを教えてくれた。

『何かあったら、私や先生方に連絡して欲しい』
「わかりました。……父親は、どうしますか」
『うん……予測でしかないけれど、お父さんは以前から、朔くんに依存している節があった。暴力を与える対象としてもそうだけれど、歪んだ愛情を与える相手としても』

 歪んだ愛情。暴力は憎しみだけで生み出されるものではないのだ。そこに愛情も含む、歪んだ性癖もある。

『連れ戻そうと、しているのかもしれない』
「そんな」
『朔くんを家から出したのは、半ば無理矢理だったからね。お父さんが捜索願を出そうとしなかったのは、自分がしたことが露見してしまうのを恐れていたからだろう。だからこそ、今こうやって、自力で探しだしたのではないかな』

 朔くんの身体いっぱいに残る傷痕を思い出す。痛かっただろう。泣いて、助けを乞うただろう。助けてあげるべき人間が、当時は加害者だった。その事実は朔くんの精神を蝕むには十分だったはずだ。

『もしかしたら、ここも……颯太くんのところも、嗅ぎつけるかもしれない。そのときは一人でどうにかしようと考えずに、しかるべきところに連絡して欲しい』
「……はい」
『……押し付けるような形になってしまって、本当に、申し訳ないね』
「いえ、そんな」

 ん、と朔くんが小さく身動ぎした。


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