朔くんは俺にいろんな姿を見せてくれるようになった。心を開いているようで、それは単純に嬉しかった。
不安定な子だったから、気になって、放っておけなかった。構っているうちに、目が離せなくなった。少しずつ見えてきた表情や感情に、喜び以上の感情を覚えたのもまた事実だった。
同情にも似た気持ちもあった。それ以上に、湧きあがる気持ちがある。
思いやる気持ちの根底が同じなら、そこにあるのは愛情なのだろうか。
「どうして、ここを出て行こうとしたの」
怖いと言うのなら、ここにいることは安全なはずだった。
朔くんはまたメモを開き、文字を綴った。
『とうさんが、ここにくる』
「ここに?来ないよ、きっとわからない」
『おいかけてくる。さえきさんがたたかれる』
ぐ、と言葉が詰まった。
朔くんは自分のことはさておいても、俺に危害が及ばないようにしていたのか。
「知ってる?俺、強いんだよ。ピアノばっかり弾いてるけど、昔空手やってたの」
朔くんの顔が少しだけ上がった。安心させるように笑ってみせる。
空手をやってたのは本当だ。でも小さい頃少しだけやっていただけで、今は出来るかと言えば謎だ。
「だからね、来ても俺が倒しちゃうよ。だから、大丈夫。もう怖くないよ」
『もうしわけない』
「朔くんは謝らなくて良いんだよ。迷惑だなんてちっとも思っていないし、俺、ずっと一人暮らしだったから、朔くんがうちにいてくるの嬉しい」
朔くんの顔が、また少し上がった。戸惑いに目が揺れているのがわかる。どうしてそんなことを言うの、と聞いているようだった。
「俺、朔くんのこと好きだよ。マスターも、永末さんも、朔くんのことが大好きで、心配なんだ。だからそれに、甘えていいんだよ。甘えて欲しい」
ずっと一人で戦って、一人で怯えてきたのだろう。朔くんは肯定され慣れていない。だから俺が、精一杯肯定してあげたいのだ。
ここにいて良いのだと、誰かに手を伸ばして良いのだと、伝えたいのだ。
「甘えるのが俺じゃ、不足する?」
膝に食い込むくらいに力を入れている、朔くんの手を撫でた。小さな手だった。細くて折れそうで、この手でどれだけのものを抱えてきたのか、胸が痛くなる。
ふ、と朔くんの手の力が抜けた。指先が動いて、俺のそれに触れた。応えるように絡めると、きゅっと力が籠った。
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