「危なっ……」
ふらついて倒れそうになる身体を、佐伯さんが抱きとめた。振り払おうとしても、力が全然及ばない。佐伯さんの服を着ていたことに気付いて、その場で脱ぎ捨てた。傷だらけの身体を見られようが、もうどうでも良かった。
僕のせいで、僕以外の誰かが傷ついてはいけない。
「どうしたの朔くん、ねぇ」
ぐい、と腕を引かれる。強いそれは、僕が腕を振り回しても離れてくれない。離せ、離せと叫ぼうとしても、僕の喉からは空気だけが漏れた。
これ以上、優しくしないでくれ。
「朔くん!」
大きな声に、びくりと身体が強張った。その一瞬で、佐伯さんが僕を抱き締めた。素肌を撫でる大きな手が、余計怖かった。
「大きな声出して、ごめん。何もしないから、落ち着いて」
僕をここに、引き留めないでくれ。
「大丈夫だよ、何も怖くないよ、ここにいる間は、忘れてていいんだよ」
何を勝手なことを言っているんだ、と思う。忘れていようが父さんが僕のところにやってきたのは事実で、今も家の前で、待ち伏せをしているかもしれない。佐伯さんのことを知られるのは、時間の問題かもしれないのだ。
「ねぇ、お節介だと思うかもしれない、迷惑だって思うかもしれないけど」
どうして僕なんかに構うのだろう。どうして、壊れ物を扱うみたいに、ガラスを割ってしまわないように、優しく抱き締めてくれるんだろう。
「俺にも、背負わせて。助けを呼んで。俺を、呼んで」
誰かを呼べる言葉を僕は持っていない。伝える声を僕は持っていない。どうやって呼べば良いのだろう。
呼んでも、良いのだろうか。
聞こえる、だろうか。
「朔くん、俺を、呼んで」
佐伯さんの声は、何故だから震えていた。頭を撫でる手も、いつもよりゆっくりだった。どうして他人のために、ここまで心を傾けられるのか。
呼んでも良いと、言うのなら、一度だけなら、良いだろうか。
震える手で、佐伯さんの身体を突っぱねた。顔を覗き込んでくれた佐伯さんの目は、ひどく優しい。
『たすけて』
一度だけなら、良いだろうか。
口を動かした。声はやっぱり出なかった。けれど佐伯さんは、じっと僕の言葉を見つめた。
「うん」
佐伯さんには、届いた。
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