きこえる | ナノ


12  




「危なっ……」

 ふらついて倒れそうになる身体を、佐伯さんが抱きとめた。振り払おうとしても、力が全然及ばない。佐伯さんの服を着ていたことに気付いて、その場で脱ぎ捨てた。傷だらけの身体を見られようが、もうどうでも良かった。
 僕のせいで、僕以外の誰かが傷ついてはいけない。

「どうしたの朔くん、ねぇ」

 ぐい、と腕を引かれる。強いそれは、僕が腕を振り回しても離れてくれない。離せ、離せと叫ぼうとしても、僕の喉からは空気だけが漏れた。
 これ以上、優しくしないでくれ。

「朔くん!」

 大きな声に、びくりと身体が強張った。その一瞬で、佐伯さんが僕を抱き締めた。素肌を撫でる大きな手が、余計怖かった。

「大きな声出して、ごめん。何もしないから、落ち着いて」

 僕をここに、引き留めないでくれ。

「大丈夫だよ、何も怖くないよ、ここにいる間は、忘れてていいんだよ」

 何を勝手なことを言っているんだ、と思う。忘れていようが父さんが僕のところにやってきたのは事実で、今も家の前で、待ち伏せをしているかもしれない。佐伯さんのことを知られるのは、時間の問題かもしれないのだ。

「ねぇ、お節介だと思うかもしれない、迷惑だって思うかもしれないけど」

 どうして僕なんかに構うのだろう。どうして、壊れ物を扱うみたいに、ガラスを割ってしまわないように、優しく抱き締めてくれるんだろう。

「俺にも、背負わせて。助けを呼んで。俺を、呼んで」

 誰かを呼べる言葉を僕は持っていない。伝える声を僕は持っていない。どうやって呼べば良いのだろう。
 呼んでも、良いのだろうか。
 聞こえる、だろうか。

「朔くん、俺を、呼んで」

 佐伯さんの声は、何故だから震えていた。頭を撫でる手も、いつもよりゆっくりだった。どうして他人のために、ここまで心を傾けられるのか。
 呼んでも良いと、言うのなら、一度だけなら、良いだろうか。
 震える手で、佐伯さんの身体を突っぱねた。顔を覗き込んでくれた佐伯さんの目は、ひどく優しい。

『たすけて』

 一度だけなら、良いだろうか。
 口を動かした。声はやっぱり出なかった。けれど佐伯さんは、じっと僕の言葉を見つめた。

「うん」

 佐伯さんには、届いた。 


prev / next

[ list top ]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -