目が覚めると、佐伯さんの匂いがした。身体がひどく重いのはいつものことだ。上半身を起こすと、知らない部屋にいるのだと気付いた。
僕が眠っていたベッドは知らないものだった。ただ、壁に見知った上着がかけられていた。佐伯さんがいつも着ていて―――僕を隠してくれたものだ。
ベッドから出て、隣の部屋に続いているのであろうドアを少しだけ開けた。寝室の隣はリビングのようだった。大きなテレビに観葉植物、カフェに置いているのと同じくらいの大きさの黒いピアノがあった。なんとなく音を立てないようにドアを大きく開き、一歩進んだ。テレビの前に置かれたソファに、佐伯さんが横向きに寝ているのに気付いた。足がソファから飛び出てしまっている。
じわじわと、昨晩のことを思い出す。父親に会った。逃げて、佐伯さんが隠してくれた。断片的な記憶しか残っていない。
僕は昨晩のまま、カフェの制服の黒シャツを着ていた。以前は、佐伯さんが着替えさせてくれた。着替えさせる服がなかったからか、僕が以前に拒否したからか、考えなくても後者だとわかった。
ずくん、と背中に残る傷が痛んだ気がした。
箱が開いたように、じわりと記憶が滲み出た。痛みも、恐怖も僕の頭を支配して、指先が震えるのがわかった。
どうして父親がやってきたのか、僕に会って、何をしようと思っていたのか、考えたくもなかった。
「…………」
半ばパニックになって、ソファの前に座った。眠る佐伯さんの身体を必死に揺らした。わずかな時間だったのに、死んでしまったのかと思った。
「ん、ん……?」
目を眩しそうに瞬かせた佐伯さんに、ほっとした。生きている。僕はもう一人じゃない。大丈夫だ、きっと、守ってくれる。
どこにも、行かないでと、願うことしか出来なかった。
「朔くん……?」
中途半端に上半身を起こした佐伯さんの首に腕を回した。昨日みたいに、隠して欲しかった。もう、見つかりたくなかった。
「…………大丈夫だよ」
寝起きの掠れた声が、耳元で聞こえた。ほう、と息が出来る。頭を引き寄せられて、腕の力を強くした。呼応するように、佐伯さんも強く引き寄せた。
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