朔くんの家に行くと、鍵は開いていた。俺が出た時に開けたままなのだろう。不用心だなと思いながら、一応チャイムを鳴らした。
「朔くん」
呼びかけても、返事はなかった。どこか出掛けているのかと思ったけれど、部屋の明かりはついているようだった。ドアを開けてちらりと部屋の中を覗くと、直線状に見えたベッドの上に、布団に丸まった姿があった。
「朔くん?」
直接部屋に呼びかけても、返事はなかった。眠っているのだろうか。どちらにしても、鍵が開けっぱなしのまま去ることは出来なかった。
「入るよ」
投げられた枕はそのまま、床に落ちていた。朔くんはすっぽりと布団の中に入ったまま、丸まっていた。ただ、身体の上下が示す呼吸の荒さにざわついた。
「朔くん」
眠っているとは思えなかった。殴られても良かった。構わず布団を剥ぐと、ぐったりとした朔くんが見えた。
汗をぐっしょりとかいたまま、荒い息をついていた。細い肩を揺すると、うっすらと目が開いた。魘されているようなそれに、上半身を起こした。
「大丈夫?きついの」
「…………」
朔くんは当然のことながら返事をしなかった。俺を拒絶することも、殴ることもしなかった。そんな気力もないようだった。俺に身体を預けて、息を整えようと必死だった。
もしかしたら、俺が出て行ってからずっと、こうだったのだろうか。
「…………ん?」
微かに、紫色になっている唇が動いた。耳を寄せても声は聞こえない。何度も、同じように動く唇を必死に読んだ。
『こわい』
こわい、こわいと、朔くんは唇を動かした。過去を思い出しているようなそれに、思わず頭を抱えた。もう、何も見えないように。
「大丈夫だよ、怖くないよ」
「…………」
「俺は朔くんを怖がらせないし、怖がらせたくないし、朔くんが笑っていられるように、どうにかしたいって思うよ」
傷痕は残っていても、それは過去のことなのだ。前に進むには、過去に向き合わなければいけない。けれど、忘れてしまうことも、必要だ。
「見られたくないもの、見ちゃって、ごめんね。でも、朔くんは朔くんだよ。俺にとっては、何も変わらないよ」
たった六つ下の男を、俺は抱き締めたりしちゃっている。
そんな趣味はない。でも朔くんは、そうしないと消えてしまいそうで、いなくなってしまいそうで、身体が勝手に動いた。
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