ぐったりとした朔くんを抱き上げて店を出た。先輩に心配をかけてしまったから、また連絡を入れておこうと思いながら、帰路についた。
働いているときは具合が悪そうには見えなかった。店に着いたときも、そうは見えていなかった。
吐きながら震わせる小さな背中に、ぞっとした。もしかしたら調子は悪かったのに、無理して着いて来てくれたのかもしれない。自分のことはあまり、口に出す子ではないようだから。
俺の家に運んでもよかったけれど、朔くんの家の方が近かった。結果としてマスターの家とも近くなるから、そちらが良いだろうと考えた。いざとなったとき、事情を知っているマスターやあの高田さんの近くがいいのだろう。
朔くんのポケットから鍵を取り出し、部屋の中に入った。最低限の家具しかない、殺風景な部屋で、朔くんらしいなと思った。ベッドに寝かせようとして、ぐっしょりと汗を掻いているのに気付いた。着替えた方が良さそうだと衣装棚の中から適当にTシャツを取った。
「…………?」
店の制服である黒のワイシャツを脱がすと、目に飛び込んでくるものがあった。痩せて骨が浮いている細い身体には、たくさんの傷痕があった。ほとんどが過去のものらしく、新しいものは見当たらなかった。
なんだこれ、と動揺した。想像が補う情報はたった一つだった。家族とうまくいっていない、高田さんが言った『身体的治療』、拳を振り上げただけで怯えてしまう過去。
虐待の類。声が出ないのもそれがきっかけなのだろうか。
「…………」
朔くんが寒そうに身を捩ったので、慌てて服を着せて布団を被せた。
知ったところで俺に出来ることは何も思いつかなかった。一人暮らしをしているところを見ると、今はそういったことは起きていないのだろう。ただ、傷は癒えても痕は残るし、現時点で声は出ていない。
声が出るようになれば、前進出来たと言えるのだろう。あの感情の死んだ表情だって、変わっていくのだろう。
俺には関係ない。そう言えるのは簡単だった。でも、放っておけないと思った。
俺のピアノで、朔くんは凍った心を震わせた。俺にそんな力があるのなら、どうにかしてやりたいと思った。
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