それからのことは、あまり覚えていない。
僕は自分が思っていた以上に混乱していたのだと思う。ただ、吐いて、泣いて、嫌だと頭を振ったことしか覚えていなかった。
目が覚めると、自分の家にいた。ベッドに寝かせられていて、あれは夢だったのかと思うくらいだった。身体を起こすと、布団が重く感じた。
「っ…………」
ベッドに突っ伏して、佐伯さんが寝ていた。なんで、と記憶を辿っても、覚えていることは少なかった。あの店から、僕を運んでくれたとしか思えない。
ここにきてようやく気付いた。僕は仕事が終わってそのまま店に行ったから、あの時の服装は黒ワイシャツのままだった。
服装が変わっていた。知っている、僕の持っている違うTシャツになっていた。自分で着た覚えは、正直ない。
どっどっ、と心臓の音が大きく聞こえた。一番嫌なことが、起こってしまったのかもしれない。思わず後ずさると、布団を引っ張ってしまい、その感覚に佐伯さんが目を覚ました。
「ん……?ん、あ、おはよ……」
ふわ、と佐伯さんは笑う。いつまでそんな、お人好しな顔をしているのか。
無意識にTシャツの胸元を掴んでいると、それに気付いた佐伯さんが、真剣な顔になった。
「ごめん、汗かいてたし、少し汚れてたから、上だけでもって着替えさせた」
真剣な目をしていた。聞かずともわかった。僕が一番恐れていたことが、もう、起こってしまっていた。
そしてそれに気付いたことに、佐伯さんも気付いている。
「ごめんね。見るつもりはなかったけど」
腰に残った煙草を押しつけた火傷の痕、刃物で刺されそうになったときの切り傷、何度も殴られたせいで消えなくなった鬱血痕、僕が今まで生きてきた、思い出したくない過去の産物が、服の下には隠れていた。
見られたくなかった。同情もいらなかった。恥ずかしくて、惨めだった。
汚い、と思われたくなかった。
「朔くん」
佐伯さんは立ち上がり、ベッドの端に逃げた僕に近付こうとした。怖かった。何を言われるのかわからなかった。
手元にあった枕を投げた。至近距離にあった佐伯さんの右頬に当たった。佐伯さんは、悲しそうな顔をした。
「…………ごめん」
それだけを残して、部屋を出て行った。
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