「朔くんは、心を閉ざそうとしています。色んなことがありすぎて、それしか自分を守る方法がないんです。でも、心の底では前に進みたいと、思っているはずです」
泣いていた顔を思い出した。
最初は、貧相で無愛想な子だと思った。親しくなるのには難しそうな子だと思っていた。
けれど、それが彼そのものだったのかもしれない。最大の歩み寄りだったのだろう。声が出ないなりに、懸命に働いている。すべて諦めたような顔をして、目の奥にある強さは、確かにあった。
その朔くんが、俺のピアノを聴いて泣いたのだ。
無感情だった朔くんの、感情が揺れたのだ。
ぎゅ、と思わず拳を握った。
特別にピアノが上手いわけでもなかった。人並み以上ではあるかもしれないけれど、プロの世界では俺くらいの実力の人はごろごろいた。
それでも、俺のピアノが好きだと言ってくれる人はたくさんいて、朔くんもまた、何か感じてくれたのだ。
そんな力が、俺のピアノにあるなら、人目のつかないところで働いている朔くんに、音を届けたいと思う。
「古館さんも、佐伯さんの存在が朔くんのプラスになると考えたんでしょう。仲良くしてあげてください」
俺は、朔くんに謝らなくてはいけない。
怪我を負わせてしまったことも、怒鳴ってしまったことも。そこから、始めなければいけない。
放っておけないから、ぐだぐだ悩まずに、ひたすら構ってやろうと思う。
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