これも知り合いらしい看護士に車椅子を押され、朔くんは診察室を後にした。
「改めまして、医師の高田です」
「佐伯です。この度は、どうも」
「いえいえ」
ぎ、と高田さんは背もたれに体重を預けた。
「そう身構えないでください。朔くんが古館さん以外の方と一緒にいるのを、初めて見たもので……」
古館と言うのは、マスターの名前だ。
「佐伯さんは、朔くんとはどういう?」
「……仕事仲間、と言いますか。マスターの店で、俺も働くことになったんです」
「そうですか。……古館さんも考えていらっしゃる」
どうやらこの高田さんは、思ったよりも深く、マスターと朔くんのことに詳しいようだ。
「朔くんについて、何か聞いたことがありますか」
「…………声が、出ないと。家で少し、複雑なことがあったと」
ふむ、と高田さんはしばし考えるそぶりを見せた。
「彼個人のことなので、私からお伝えすることはできませんが……強いて言うなら、頭に留めておいて欲しいことをいくつか。今後、彼とも一緒に働くようですし」
「はぁ」
「私は彼の身体的治療をずっと行ってきました。今は……身体的な傷は癒えても、精神的には、まだ時間がかかっています」
それほどダメージを受けることが、過去にあったと言うことだ。高田さんがちらりと俺の様子を窺った。
試されている、とすぐわかった。高田さんは暗に示そうとしている。朔くんの過去に何があったか、『言わない』けれど『察しろ』と言っている。
「少しのきっかけで、彼は心を閉ざします。例えば、怒鳴ったり、そんなつもりがなくても拳を振り上げられるだけで、彼は過去を思い出します」
はっとした。引っかかることがあった。
『怒鳴られたり』―――俺は、足を見せることを拒否した朔くんに、怒鳴りはしなかっただろうか。朔くんは俺に背負われて、ずっと、大人しくしていたのではなかっただろうか。
それが、恐怖による怯えだとしたら。
「……それは、朔くんが過去に、そういうことをされたと言うことですか。トラウマになってしまうくらい」
「…………それを話すのは、朔くんの口からが良いでしょう」
高田さんは、にこりと笑った。
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