きこえる | ナノ


9  




 さて、どうしたものか。
 俺、佐伯颯太は困っていた。

 定休日の札が下げられた喫茶店『アンダンテ』の前で、溜息を吐いた。いるわけがない。何しろ今日は休みだから。
 
 自宅が特段、ここから近いわけではない。
 昨晩のことが気になっていた。
 この喫茶店に、俺より六歳下の「朔くん」は働いている。たった六歳しか変わらないというのが驚きだったりする。体格の小柄さや見た目の幼さもあるけれど、何より十九歳にしては、朔くんはあまりに無機質だった。
 十代らしい無邪気さもなかった。二十代手前らしい活力もなかった。他人とコミュニケーションが取れないというより、わざと取らないようにしているようだった。声を出せないという朔くんは、何を考えているのかよくわからないというのが正直なところだった。
 そんな朔くんが、昨晩泣いた。きっかけがあるとすれば、俺のピアノを聴いてから。感動して泣いてくれたのかと思ったら、その表情は思いの外苦しそうだった。

 お人好しとよく言われる俺だけれど、たった数日前に会ったばかりの同性を気にするほど、他人に尽くしているわけではなかった。ついでに、同性愛者とかそういうのでもなかった。
 ただ、放っておけない。泣いてる顔が忘れられなかった。

『朔くんは、家で色々あって、複雑なんだよ』
『うまく感情を出せないけど、悪い子ではないよ』
『颯太くんを呼んだのは、ぜひうちでっていうのもあるけれど、朔くんに少しでも良い刺激になればと思ったんだ』

 マスターから聞いた話を思い出す。慈善活動をしていたというマスターが、一際気にかけ、世話を続けている。
 そうしてしまう何かが朔くんにはあった。放っておけない、手を差し伸べなければいけない、そういう危うさを持っている子だった。

「…………あ」

 煙草でも吸いながらこれからのことを考えようと、店の壁に背中を預けたときだった。
 この近くに住んでいる朔くんが歩いていた。ばっちり目が合って、朔くんの顔が強張るのがわかった。


prev / next

[ list top ]


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -