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時間は前にしか進まない。
けれど記憶は、後ろにも遡ることができて。
そうして僕は、記憶に囚われたまま、進むことができない。
「奈津、起きて」
「っ……!」
頬をぺち、と叩かれる感覚に、自分がはっと目を覚ましたのがわかった。
薄暗いオレンジ色の光の中で、航が心配そうに眉をよせているのが見えた。
「ごめん、魘されてたから、」
「あ………」
何が起こっていたのかわからず、呆然としていた。
航がぐい、と指でいつの間にか流れた涙を拭ってくれた。
「怖い夢、見た?」
問いかけに、ただ首を横に振った。
よくわからなかった。
どうして自分が泣いているのか。
どうして身体が震えているのか。
頭の中が混乱していて、感情を言葉に出来なくて、戸惑うばかりだった。
航はそれを察してくれたのか、僕を抱きよせてぽん、と頭を撫でてくれた。
「思い出せないなら、思い出さないがいいよ。……眠れそう?」
「た、ぶん」
「うん、ゆっくりでいいからね、」
航がいれば、なんでも大丈夫な気がした。
そばにいて、安心させて、と僕も航にしがみついた。
きっと、航がいてくれたら、安心できる。
また眠れる、そう思いながら。
結局、その日は眠ることが出来なかった。
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