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それから、風の噂で涼と道元さんが付き合い始めたと聞いた。
僕の感情は完全に麻痺していて、もう何も感じなくなっていた。
ただ一つだけ、涙が、零れた。
「珍しいな、酒井。お前が追試なんて」
「……小テストのこと、忘れてて」
化学の皆川先生が、小さく溜息をついた。
忘れてたわけじゃない、ただ集中できないままで、勉強ができなかっただけだ。
「まあいい。日頃お前はちゃんと勉強してるしな」
教室に一人残った僕の目の前にある解答用紙を、皆川先生は取り上げた。
「え?先生、」
「追試は免除にしてやるよ。……他のやつらには言うなよ」
にやりと皆川先生が笑って、僕もつられて笑ってしまった。
笑ったのは、久しぶりな気がした。
一人、人気のなくなった校舎を歩いた。
いつもは数学が苦手な涼が追試に引っ掛かって、僕はそれが終わるのを待ってあげてた。
今はもう、一人。
待つ人も、待ってくれる人も、いない。
「……っふ、」
泣くな。
いい加減。
笑って祝福してやるんだ。
やっと涼が、好きな人と結ばれたんだから。
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