5
樹の声が聞こえた。
でも、甘えちゃいけないと思った。
名前を呼ぶ声を。
背中を撫でてくれる手を。
頭を撫でてくれる手を。
優しい手を、掴んではいけない。
「離し、て……」
「え?」
「もう、いい……俺、もう、やだ……」
樹の手をつかむ。
自分の手が震えているのがわかった。
優しい手を、
「樹の、側にいるのっ……つらい……」
離さなければ。
一度だけ強く握り締めて、
「え……?」
「もう……」
手を、離す。
「別れ、よう……?」
これ以上樹を、引きずり込んじゃいけない。
樹の顔を、見ることはできなかった。
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