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「ただいま」
このあたりでは、家に鍵をかけるという習慣がない。
夜になると街灯もないこの辺は暗くて、車のライトが消えると心もとなくなる。
迎え入れるように、家だけがぽう、と明るい。
いつもだったら車が止まる音で玄関に駆けてくるめぐむが、今日はいない。
家鳴りのする廊下を進み、台所にスーパーの袋を置いた。
袋から500mlのポカリだけ持って、縁側に向かって一間へ入る。
「めぐむ」
くた、とめぐむは布団の上で蹲っていた。
縁側はカーテンすらかけられていなくて、月明かりが眩しい。
入りこんできた青白い光が差し込んで、俺の影がめぐむの上まで伸びていた。
りぃ、りぃ、と虫も鳴いて、風が涼しい。
綺麗な、夜だ。
「めぐむ」
名前を呼ぶと、もそ、と身動ぎした。
「甲斐、さぁん」
月明かりが眩しいというように、目の上に手の甲を置きながら、めぐむは力なく笑った。
「おかえりなさぁい」
「ただいま」
持ってきた冷たいポカリを頬に当てると、めぐむは気持ち良さそうに目を細めた。
りぃ、りぃ。
名前も知らない虫たちが、俺たちの代わりに鳴く。
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