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子どもの名前は、和泉と言った。
「いずみ、いずみ、遊ぼう」
和泉はいつも、冷たい目をしていた。
そのくせ握る手は燃えるように熱かった。
身体にいっぱい傷をつけて。
ガリガリに痩せた身体をして。
そのくせ燃えるように熱い。
「あんたは、冷たい手をしてるね」
「いずみが熱いんだよぅ」
もっふりとした尻尾を両手で挟んで、暖をとる真似をする。
僕の手は冷たいのだ。
だって、生きていないから。
和泉は決まって夜になると神社にやってきた。
どうでも良いことを喋って、夜明けを待った。
太陽が昇る一瞬の、その橙色の輝きが夜色を溶かす瞬間が、僕は好きだった。
和泉が笑ってくれるから。
朝日を見つめる目が優しく細まり、やがて和泉は、少しだけ笑うのだ。
「あんたじゃなくて、し・づ・る。志鶴だよぅ、覚えてる?」
「はいはい」
「もう」
僕達は、手を繋いで夜明けを待った。
和泉は僕の名前を絶対に呼ばない。
この地方に伝わる伝承をきっと知っているのだ。
火のないところに煙は立たない。
伝承は紛れもない、事実であり証だった。
『神社の狐の名前を呼んではいけないよ』
和泉が僕の名前を呼んだら、僕は和泉を食べてあげられるのに。
和泉は呼ばずに、熱い身体を燃やしながら、生きているのだ。
よくわからない。
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